これが私の日常です




これは罰なのだ、神が与えたもうた罪なのだ。
大仰に嘆き苦しむ幼馴染みを前にして何の感慨も浮かばない。
私から言わせれば、ようするに自業自得というやつだ。
「おぉ神よ」
「現実逃避もそこらへんにしとけよお前」
そろそろ止めようとした矢先、私のすぐ側から不機嫌な言葉が飛び出した。
心底嫌そうな顔で私の幼馴染みを見ている人こそ、発言者の利久としひさ兄さんその人だ。
「おい、春常はるひさ
彼はいまだ自分の世界から帰ってこようとしない幼馴染みの名をこの上無く不機嫌に呼ん だ。
それでも不屈の陶酔家は歯牙にもかけないのだから脱帽ものの根性だ。迫力のある怒り方 をする利久兄さんに対してよくそんな何事も無かった様な顔ができたものだ。
さすがは兄弟だと感心していると、またも横から溜め息がもれる。でも今度のターゲット は春君じゃなかった。
梨緒りお、頼むから感心するのやめてくれ」
「え」
「今さすが兄弟とか考えたろ」
じとりとした彼の視線が怖い。私は誤魔化す様にへらりと笑った。
そんな私に意味ありげな視線を寄越して、利久兄さんは小さく息を吐いた。
「ごめんな、うちの春が。せっかく久々に遠出しようって張り切ってたのに」
「いいよ。いつもの事だし」
私は本当に気にしていない。
なんせ、幼稚園の頃からこの兄弟と一緒にいるのだ。兄弟それぞれの性格なんてお見通し だし、おそらくあっちもそうだろう。
春君がいつも面白いくらいの絶妙なタイミングにハプニングを持ち込むくらいで、私は怒 りも浮かばない。例え今日が、念願叶って恋人同士になれた、利久兄さんとの初デートだ ったとしても。
幼い頃から一緒だからか、春君をどうしてか憎らしいと思った事がないのだから、自分で も少し驚く。
やはり兄弟の様に近く感じているからだろう。いまだにハムレット並みの苦悩を演じる幼 馴染みを眺めながら自己完結をする。
でもいくらなんでも現実逃避が長すぎる。さすがに止めようと笑って彼へと伸した手は、 突如右へと傾いた。手先に感じる温もりにくらくらした。
「兄さん?」
憮然とした顔で私の手首をつかんだまま、兄さんは低い声で一喝した。
「行くぞ、デート」
ドライブ、じゃなくてデートと強調するところがいつもの兄さんらしくなくて、私は驚いて兄さんを見上げる。
思わず胸が高鳴るような拗ねた顔をした兄さんが、まさに憮然とした調子で口を開いた。
「そこまで期待されてないと、逆に俺が燃えるんだけど」
「―あのね、兄さん。私、それでも兄さんは春君を見捨てたりできないと思うの」
だってこれは今に始まったことじゃない。そんな急に変わろうとしても無理な話しだし、第一私は本当にそれでいいと思っているのだから張り切る必要はないと思うのだが。
困った兄弟だなと思いながら、私はそっと利久兄さんの腕をひいた。
「私はそんな兄さんが大好きなの」
「―梨緒…」
春君が現実逃避の最高潮に浸っている隣で、私達も一種の盛り上がりを見せる。
これもまたいつものことなのだと、利久兄さんと春君はいつまでたっても気付かない。
(だから私は、これでいいんだけどな)
だけどやっぱりとたまには遊びに行きたいというのも本音なので、私は利久兄さんと共に陶酔する春君を無理やり机の横に座らせたのだった。

 (2007年5月6日)

戻る書庫へ