「こんな出会いもいいではないか」 プチ続編
2.夏休み前


「夏休みどこに行く?」
「―…………は?」
車の助手席に乗り込みシートベルトをしぶしぶ締めた時、おもむろにそんな言葉が車中に浮かんだ。
開口一番。まさにその一言に尽きるが、切り出したほうはともかく切りだされてしまった果恵は盛大に口元をひきつらせた。
「えっと、すみません。なんですって?」
聞き間違いであって欲しいと切なる願いを持ちながらも、それは恐らく無理であろうという事を虚しくも理解するほどには果恵の現実逃避力は乏しい。
だいたいそんな願いがもし叶うというのなら、自分は今こうして相手の車に乗り込むなんてことにはなっていないのだから。
「だから、夏休み。今年はそこそこ楽できるからな。遠出でも平気だぞ」
飄々とそんな事をいってドライバーシートに鎮座している人物は、お約束ともなりつつある家持章仁。果恵の出身高校の社会化教諭である。
果恵が数ヶ月前に卒業するまで、全く接点のない教師だった。そんな男とどうしていまこんなにも密な付き合いをしているのかなんて、むしろ果恵が教えて欲しいくらいだ。なにせこの男は果恵と友達になったなんて突然言い出す兵だ。
「あのですね。夏休みっていっても私は7月の終わりまで無理ですよ」
「は?なんでだ」
遠慮なく眉根を寄せる相手はどう考えても教師が元教え子に見せるものではない。まさか本当に自分のことを友達と思っているのだろうかと恐ろしい考えに至りながらも、笑い飛ばせない理由があった。GWにつかまって以来もう何度顔を付き合わせ、こうして車に乗せられかわからない。約二ヶ月ほどしかたってないというのに、脅威の回数である。
「なんでもなにも、私大学生ですよ?前期の試験ありますし」
「あーそうだよな、大学はこれからテストだ」
うんうん大変だな大学生も。そんな風に呟く様がどうしてこうも楽しそうなのか。
果恵にはさっぱり見当も付かないが、はっきりとわかることが一つある。
「後日また考えるとして。とりあえず、今日は前行ってたイタリアンな」
今日もまた家持のペースに巻き込まれるということ。果恵はシートに深くもたれて呟いた。
「あ、の。できれば今日は夜9時には帰りたいんですけど」
「了解」
直ぐに返ってきた最早馴染みになる言葉を、多大なる諦観をもって果恵は聞いた。



 (2007年7月13日)

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