「みちるって、可愛い名前ですね」
「―それは、わざわざ仕事の手を休めて言いに来るぐらいのことなのかな。茅ヶ崎君」
呆気に取られた。
何が言いたいんだこの男。
そんな気になった私に文句をいう輩は誰もいないだろうと思う。
それなのに、職場の誰も茅ヶ崎のあきらかなサボりに何も言わない。
一体全体どういうことだと理不尽さを覚える私を、茅ヶ崎がニッコリ笑って引き戻した。
「みちるって名前は、ご両親が?」
「―…あーっと、うん」
なんでこんなことをたくさんの社員の前で私は質問されているのだろう。
しかも今は、休憩時間でもなんでもない。最大の休み時間でもある昼休みは、二時間も前に終わっている。
本来なら無視して仕事をしたいところなのに、渋々ながらも奴の要望に応えた私は、決して茅ヶ崎の笑みが一瞬サタンのそれにかわったからだなんて事はない。そうであっても、そんなことは口が裂けてもいえない。
(くそぉ、完全に弱み握られてる)
弱点をしっているくせに、あえて攻めずにジワジワと違う場所から攻撃してくる相手ほど性質が悪い敵はいない。いざとなればここを一突きすればいいのさとばかりに、人の弱点を自分のポーカー最大の切り札にするだなんて最悪だ。そんな相手にどう戦えというんだと、私は好き勝手に心中で愚痴た。さすがの青年も、人の心のなかまでは覗ききれないから。
(…いや、やつならできるかもしれん……!)
何度も言葉の最中で言おうとしていた結末を取り上げれられている私としては、ぞっとしない推測だった。
(本当にどうしろっていうんだ!)
何か?私はもう白旗を揚げ続けろと。そういうことならもう、腹くくって話そうじゃないか。
ヤケッパチでそんなことを考えながら、私は一通り処理し終わった書類を机の隅に置き、茅ヶ崎のほうへと顔を向けた。
そんな私の状況をきっと完全に把握しているのだろう。
茅ヶ崎は興味深そうに私の顔を覗き込んでいた。その一見罪のなさそうな表情が、憎たらしい事このうえなかったが、所詮は弱肉強食の世界。きっと茅ヶ崎の前世はティラノサウルスだったに違いないなどと大真面目に断定しつつ、私は渋々口を開いた
「父がね。満ち足りた人生を歩むことができますようにって。あと、人様にもみちる思いを与えられるようにっていうのもあるっていってたな」
「へー…、いい名ですね。よく似合ってる」
「あ、ありがとう」
(ナンなんですかね、これは)
新手の攻撃かなにかか。普通に褒められると、拍子抜けするやら頬が赤くなるやらで私は非常に居心地が悪い。
(なにかくるぞ、絶対!)
何か最大のおちがあるはずなんだ。私は警戒をあらわに奴の表情を具に観察する。
そんな私を前にして、茅ヶ崎は更に笑みを深めてそっとかがんだ。
「羽丘さんのお父様は正しいです」
「―は?」
私も大概馬鹿だと思う。ここでどうして聞き返してしまったのか。学習能力がないにも程があるが、それでも意味深な笑みとともにそういわれて、私は純粋に意味がわからなかったのだからしかたない。
「溢れそうなほどの思いを、あなたは俺にくれてますから」
「ば……っ!!」
馬鹿じゃないのか!?
口の中で炸裂した罵声は、あまりの相手の攻撃に満足に発音できず。されども茅ヶ崎とて馬鹿じゃない。
私のいわんとする意味を正確に読み取って、ニヤリと笑った。
「百も承知ですよ」
誰でもいい!こいつをどうにかしてください!!
(2007年2月18日〜5月6日:web拍手にて)
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