ある社員K(24歳・彼氏持ち)の考察



現在わが社では、なんとも面白い"催し物"が連日無料で展開されている。

茅ヶ崎準といえば私の同僚で、なんだかんだと社員の話に名を挙げることが多い優秀な男だ。
受けもよく上司同僚部下とどの層からもほとんどマイナスの意見を聞いた事が無い。
男ウォッチャーを欠かさないお姉さま方からみても二重丸の上に花丸プラスとご大層な価値を勝手につけられているその男が、最近不審な動きを続けている。失礼、言い直そう。
ある女性を熱心に口説いているのだ。人目もはばからず堂々と。相手の迷惑顧みずとはまさに おまえかと私などは思うのだが、嫉妬心あらわな一部の女子社員からはその全ての非が曰く"彼女"にあるらしい。
馬鹿らしいそのやっかみを知ってか知らずか、彼女こと羽丘みちる女史は茅ヶ崎にむけて異常なまでの反応で 拒否をする。
(あれが逆効果だってそろそろ羽丘女史も気付いて、お願い)
羽丘女史は私にとって同じ課の先輩に当たる人で、体格や人と一定の距離を置くその立場ゆえに一部の女子社員からいいたい放題言われている人物だ。茅ヶ崎準が彼女に迫り始めたと知った当初、社は異常なまでにざわめきたった。失礼かとも思うが、俗な言い方をすれば彼女はまさに大穴だった。
まこと失礼な話だと憤慨している私だが、実は思い切り羽丘女史寄りの人間だ。入社した時から私は課が移動になった事がないのだが、とにかく私に仕事のノウハウを教えてくれたのは羽丘女史であった。そのときに気付いたのだ、あの人のあまり見せないが奥にある暖かさを。私は羽丘女史を素敵な人だと認識したのだ。
だからこそ努力した。お近づきになりたいからこそ、適度な距離を模索しつつも羽丘女史との交流を続けた。 社内であまり口を利かない彼女と世間話や少し踏み入った話をできるほどになった時、素直に嬉しかったのだ。
それなのに。最近はその時間すらも、まともにとれない。
それもこれも全てあの茅ヶ崎のせいである。
茅ヶ崎準と私の面識というものはあまりない。いや、あまりなかったと言っておこう。
なぜなら最近思うことは、茅ヶ崎は確実に私を"消しに"かかっているからだ。
「羽丘さん」
「―また来たの、君」
げんなりした口調の羽丘女史だがそれでもここ数ヶ月を経て態度がかなり軟化している。
そんな彼女の隣で歯噛みするのは私である。
(ひっさびさに話こめると思ったのに!)
また邪魔しにきたのか、お前は!多分の敵意とそれすら超越した呆れを隠すことなくおくってやれば、微動だにせずに茅ヶ崎は笑った。
「羽丘さんとおしゃべりしたいと思っちゃいけません?」
そんなの私だっておしゃべりしたいわ!と首元掴んでいえたらいいが何せ相手が悪い。どうやって彼女を取り戻そうかなどと凡人の私に考えさせる時間というものを容赦なく奪い取っていくのだから。
「だからって何も仕事の最中に来なくても」
よく来るねという羽丘女史の言葉に私は腹の底からうなずいてやりたいが、おそらく羽丘女史以外のほとんどが彼の目的を知っていて、更にいうならその目的の真意は私が理解している。
要するに奴は珍しくも羽丘女史が会話を交わす私に対して、邪魔をしたくてしかたがないのだ。
(絶対ただの爽やか君じゃないわよ、こいつ!)
敵意むき出しで睨みつけてやる。そんな私など歯牙にもかけぬ余裕さで茅ヶ崎は羽丘女史の手首を掴んだ。
「いけませんでしたか?」
少しだけ申し訳なさそうな口調と微笑みに周りの女子社員からため息が漏れるが、それと反して女史は青ざめていく。
いつもならここでずるずると茅ヶ崎ペースに連れ込まれるのだが、今日は違う。なにせ横には私がいる。私はここぞとばかりに羽丘女史の名を呼んだ。
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
チラリと書類を覗かせると彼女はきりっとした眼差しで私と書類とそれから茅ヶ崎を見遣った。
「悪いけど仕事中だから。じゃあ」
「そうですね、仕方ありません」
(どーよ、茅ヶ崎!私だって負けてないんだから!)
密やかな優越感が、表情に出ているらしい。茅ヶ崎が微かに眉根を寄せて私を見た後、すっと口の端を上げたきがした。
「じゃあ羽丘さん、仕事上がってからまた存分に話し合いましょうね?」
「っ、はあ!?」
(な、にー!!!)
戸惑う女史と怒りのあまり動けない私を他所に優秀なる同僚茅ヶ崎は去っていく。
「―ねえ、今日一緒に帰らない?」
「羽丘女史」
あぁ、なんて素晴らしい提案。だけれども情けないことに私はことの顛末がありありと見えた。
「きっと今いっとかないと、明日が怖いですよ」
「うっ」
固まり青ざめる羽丘女史を見据えて私は密かにため息をつく。前ほど嫌がってなさそうに見えるのは、確実に茅ヶ崎という存在が彼女の中に住み始めている証拠だから。

わが社では今、同じフロアの人間ならば誰しもが結末を知りたがっている"物語"が広がっている。
(茅ヶ崎、はーらーたーつー!)
だけどそれは私にとって望ましいものでないから。今日も私はいらただしげにため息をついた。



 (2007年7月13日〜8月8日:web拍手にて)

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