トリッキーな君たちへ プチ番外編
ハローウィン特別編


「羽丘さん、Trick or treatですよ」
「―来てしまったのか、茅ヶ崎君」
昼休み到来のベル直後。デスクの直ぐ傍で聞こえた声に、私は思わず低く呻いた。
振り向くまでも無く、覚えてしまった奴の声。私の平穏を悉く破壊し つづける男、茅ヶ崎準のものである。それ以外にありえない。悠々たる悪魔の登場に、私は口元を軽くひきつらせてのろのろと椅子から立ち上がった。
開けた視界の先にいるのは、嫌味かと思うほどに笑顔を作った茅ヶ崎で、私は反射的に逃亡したくなるのを理性で何とか踏みとどまった。例えその笑顔が世のお嬢様方からみて爽やか好青年のものであろうが、私は絶対に騙されないからな!心内で啖呵をきる。いつか口に出していえたらいいな私。いや、言った時こそ私のお葬式の日かもしれない、などと縁起でもないことを半ば真剣に考えた。
「羽丘さん、聞いてました?」
「聞いてた聞いてた。トリックオアトリートだろう?」
やたら綺麗な発音で言ってたものな。何、気付きたくなくて話題から避けようとしているだけなのだよ、気付いてくれ。
そんな私の願い虚しく、トリックする気まんまんの茅ヶ崎が笑顔でこちらに手を差し伸べた。
「のり悪いですよ、羽丘さん。大の男が恥じらいも捨ててTrick or treatなんて言ってるんですから。 羽丘さんも少しだけ俺につきあってくれませんかね?とりあえずお菓子を頂きたいんですけど?」
「―…は」
「羽丘さん?もしかしてお菓子もってません?」
持ってないと確信しているのだろう。茅ヶ崎のやたら余裕たっぷりの声を、私はちょっとした優越感で聞いていた。ふふふ、なめるな茅ヶ崎よ!
「…ふはは、ふはははは!あまーい!甘いぞ茅ヶ崎君!」
ここぞとばかりに私は市販のクッキー一箱をデスクの引き出しから取り出してみせる。予想外に驚き悔しがるであろう茅ヶ崎を想像しつつも、私はそれを水戸黄門の印籠よろしく片手で掴んで茅ヶ崎の顔面にむけて突き出してやった。
「お菓子は持ってるんだな、これが」
どうだ参ったか!そんな気持ちで言い張った私は脳裏で影の功労者に全身全霊で頭を下げた。ハローウィン。実は朝方出社するまでそんなものはすっかり忘れ去っていた。そんな私に同じ課の後輩女子が朝の書類とともにこのクッキーをくれたのであった。社内の中で珍しく私がプライベートの話もするその相手は、困惑する私に素敵な笑顔で一言言い切った。『対茅ヶ崎用必須アイテムです』。
(あぁ、ありがとう!本当に役に立ったよ!)
君は素晴らしい!と賛美しまくっていた私は、ようやっと目の前の相手の反応が薄いことに気付く。悔しがる茅ヶ崎なんて見ものだなんて趣味の悪い事を考えていた余裕なんてさっぱり無くなって、私はもしやのサタン来襲かと恐る恐る相手をみやったのだが。
「あ、れ…?」
怒っていない、いつもと全く同じ様子の茅ヶ崎だ。疑問符一杯で首を傾げた私に向かって、茅ヶ崎は礼儀正しく頭を下げた。
「ありがとうございます、いただきますね」
「あ、あっうん」
どこか違和感を感じつつも、私は茅ヶ崎に件のクッキーを渡す。茅ヶ崎はパッケージを一目で確認してただおいしそうですねと呟いた。
(―思い違い、か?)
なんだ、ここまで警戒する必要なかったではないか。逆に先ほどまでの自分が滑稽に思えて私は思わず冷や汗をかいた。恥かしくていたたまれない。
ああ神よ、やはりそんな私がいけないのでしょうか。
いつの間にか茅ヶ崎の笑みが、いつも以上に濃い笑みに変わっていたことに気付きませんでした。
「じゃあ羽丘さん、行きましょうか?」
「―へ?」
瞬く間に腕を掴まれた私は、わけがわからず茅ヶ崎を見上げる。目線の先の茅ヶ崎は楽しそうに笑っていた。
「せっかくのクッキーですからね。昼食後にでも一緒にいただきましょう」
あ、もちろん紅茶もセットで。
悠々とそんなことをいう茅ヶ崎はやっぱりいつもの茅ヶ崎で。
(は、はめられた……!!!)
私はまたも、愕然とするのだった。


 (2007年10月27日〜同年11月1日)
注記:作中に登場した羽丘に茅ヶ崎対策クッキーを渡した女性は、ある社員Kの考察の主人公です。




 (2007年7月13日〜8月8日:web拍手にて)

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