「こんな出会いもいいではないか」 プチ続編
1.ゴールデンウィーク


「あぁ、見事に葉桜になっちまったな」
背後から聞こえた声に、またしても果恵は飛び上がらんばかりに驚いた。
案の定というべきだろうか、恐る恐る振り返ればそこには最早お約束ともいうべき人間が。
果恵の理解を超えた人、家持章仁があいかわらずの余裕顔でサクラの樹木を眺めていた。
今度こそ距離を詰められないようにしながら、果恵は引き攣る顔を隠そうともせずに相手へと向ける。そのままの表情で口を開いた。
「何してるんですか、こんなところで」
「別に?おまえはまた桜見に来たのか、大学生」
飄々としたその言い回しは、あきらかに意図を持って使われている。始めてこの木の前で言葉を交わした時は「卒業生」だったのに。
(これは、なんだかよろしくないような気がする)
あの一見以来、果恵は家持という存在をはっきりとその脳に刻み込んだ。なにせこの男にはペースを崩される崩される。結局最後は何故か果恵には、家持教諭の”お友達”とやらになってしまったのだから。
(おっかしいな、今日はGWのはずなんだけど…)
「先生って何か部活の顧問してましたっけ」
「いや。ついでにいえば今日は当直でもないな」
じゃあなんでここにいるんだ。そういいたいのにいえないところが、果恵たる所以だ。
やけくそに見上げた葉桜。今年は咲きかけの蕾を見たきりで、満開のところは見れなかった。
こっそり見に来ようという気持ちにすらなれなかった。その理由は勿論のところ、自分はもう在校生ではないなどという殊勝なものではない。
むしろその殊勝さがあったなら、こんなことにはならかったろうに。
いつの間にか真横に立つ家持をちらりと見遣り、果恵はひっそりと息を吐いた。
果恵とは全くといっていいほど面識のなかった社会科教諭が、何を思って自分に"友人宣言"をしてきたのか。まったくもって、相手が何を考えているのかわからなかった。
ただそのときに、相手はクールではなく一癖ある男だと気付いた。だからこそ、果恵はそのまま逃亡して、彼に会わないために高校には一切よりつかなくなった。都合がいいことに新しい生活や授業になれるので精一杯で、そこまで苦ではなかったのだが、GWに入ったが最後。暇ができたとたんに、桜のことが一気に気になった。
きっと相手は来ていない、休みだもの。それくらいの甘い気持ちに誘われて、葉桜と知りつつものこのこ顔を出したわけだが、早速とばかりに家持に見つかってしまった。
「なんだため息なんかついて」
「付きたくなる理由があるんです」
「なんだ言ってみろ、相談くらいのってやるぞ。友達だからな」
「―だから、いつあなたと私が友達になりましたか」
完全に脱力した私の肩を、誰かがポンポンと叩く。誰かなんて自分でも白々しい。家持章仁教諭がニタリと笑って果恵を見下ろしていた。その笑みに危険を覚えるの果恵のせいではない。
「この間だ。とりあえず、学校出るぞ。話聞ける場所に移動しよう」
ほら、やっぱり嫌な予感はあたった。
この前は急いで逃げたが、今回は肩を掴まれているため逃げられない。固まる果恵に追い討ちをかけるように、家持は不敵に笑って果恵を引きずる。
「ついでに携番とメルアドも後で教えろな」
果恵はもう逃げられない事を悟った。


 (2006年5月6日)

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