「こんな出会いもいいではないか」 プチ続編
3.夏休み


ミンミンと蝉のわめく音が、真っ青な大空へと吸い込まれていく。憎らしいほどに 雲ひとつない今年の夏の青空の中央に居座る太陽には、殺気意外の感情を持てというほうが いささか無茶な話のようにも思う。
とにかく暑いことこの上ない。こらえきれない汗が果恵の首筋をつうと伝っていった。
おざなりにミニタオルをうなじへと押し付けて、果恵はついにその場にしゃがみこんだ。
「あ…っっつー」
「夏だからな」
直ぐ傍から返ってきた言葉と声に反応する気力すらない。それでも後々の襲撃を恐れた悲しき 果恵の本能は、しゃがんだ先から無理やり顔を上げた。
隣に、本当に果恵のすぐ隣で彼女を見下ろす家持章仁教諭は汗を流しつつも果恵ほどこの 暑さに応えていないようだった。
化け物か何かか、この人は。そんな思いが今回もありありと顔にのぼっていたらしい。
家持の目が意地悪げにすと細まる。大変良くない兆候に、果恵は硬直した。
「ほう?わざわざこの暑い中土手に来たいだとかせがんだのは 確かにおまえだったはずなんだがなあ?」
「う、や、あの」
だってここまで暑くなるとは思わなかったから。そんな言い訳は猛暑の今年は使えない。
本当はあまりにもあついから土手脇にあるお店のカキ氷が貪り食べたかったんです、と 小声ながらも素直に白状すれば、家持はやっぱりなとため息をついた。
「そんな事だろうと思った。おまえあそこのカキ氷好きだって言ってたし」
「―筒抜けですか」
「どうせ頼むのもいちごと悩んだ末にみぞれだろう」
「――――エスパーですか、あんた」
怖すぎる。逆に言えば、自分の嗜好を知られるまで一緒に行動をしているということなのだが、 果恵にはその結果を正視する度胸がない。ただし、いよいよもって逃げ切れないかもしれない という本能の焦りだけは無視する事ができなかった。 暑さとは違う意味の汗が背に流れ落ちる。
そんな果恵の心情をしってかしらずか、家持がにっと笑った。
「そりゃあ。友達ですから?」
もはやぐうの音もでない。
「ちなみに。カキ氷食い終わった後にここ行きたいと思うんだけど?」
ピラリ。目の前にかざされたのは今話題の映画のチケットで、―果恵が行きたいなと思っていた 映画。だが、 断じて行きたいなどと家持の前では口に出してはいない。冷や汗が更に流れ出る。
「行くよな?」
好きそうだもんなぁ、これも。
したり声でそんなことを言われ続けて、つれまわされて、果恵の夏休みは過ぎていく。
 (2007年8月17日)

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