「こんな出会いもいいではないか」 プチ続編 5.ハローウィン 「で、菓子は?」 「は―?」 運転席のシートに背を預け、やたら堂々とした態度で吐き出されたその言葉に横峰果恵は硬直した。 ただでさえ眠い眠い昼過ぎ二コマ連続の授業を終えて眠いというのに、この男はまたなにか意味不明なことを 言っている。 しかも今回は、本当に何が言いたいのかわからない。果恵は狼狽と警戒を滲ませて、車の持ち主・家持をみた。果恵を友人と言い張る謎の社会化教諭は、サイドブレーキをあげたまま、運転しだすでもなく果恵をただじっと見つめていた。 埒が明かない沈黙は、苦手だ。どちらにせよ根負けして口を開くのはいつも果恵のほうで、今回もため息一つを犠牲にして果恵はしぶしぶ問いかけた。 「あの、お菓子って先生おなかでもすいてるんですか、ね?」 果恵のその言葉に対し、家持はどこか不満そうに鼻を鳴らす。不正解のようだ。 悲しい事に、今の果恵には家持の感情を読むのはそう困難な事ではない。じゃあ何だというんだと思ったことが顔にまで出ていたのか、家持は詰まらなさそうに息を吐いてやたらゆっくりと口を開いた。 「今日は何日だ」 「え、今日…?………31日」 「何月の」 「10月ですよ、まだ。先生大丈夫ですか?」 頭が、と心の中だけで付け足したその言葉を含めて頭を軽くはたかれて一蹴された。まどろっこしいなあと 感じた果恵が文句を口に出すよりも早く、『最終勧告だ馬鹿』と嬉しくもなんとも無いお言葉をたてに家持が 不機嫌そうに声を張り上げた。 「Trick or treatをしらんのか、おまえは」 「―…あぁぁ〜」 ようやっと思い当たる単語を見つけて、果恵はひとまず安堵の笑みを漏らした。 「ハローウィンでしたか」 「そうそう、ハローウィン」 思い当たるまで遅い!と糾弾する家持の声は、いつも思うが言葉に反して柔らかい。妙なところまで気付いてしまったと冷や汗を浮かべる果恵は、家持が再度自分を意味ありげに見ていることに気付くのに数秒遅れた。 「さあ、そういうことだから菓子を渡せ」 「どこのガキ大将ですか、その台詞」 完全なる呆れとともに、実はこの人こういったイベント好きなんだよなあと理解してしまう自分が悲しい。 もうこれ以上流されまい。そんな思いを強く胸に抱きなおして、果恵はすました顔でいってやった。 「あるわけないでしょう、お菓子なんて」 あまり菓子類は携帯しないし、それ以前にあまり買わないのだから代用品がないのは事実だ。いつも振り回されてるのだからこれくらいすげなくしてもいいだろうという魂胆だったのだが。 (え、ちょっと待って) 家持教諭はこたえている様子など微塵も無く、むしろそうこなくちゃとばかりに楽しげに口の端をにいとあげた。 「っし。じゃあ悪戯だな。」 「は?」 「そうだな、悪戯なんていっても俺も大人だからな。うん、じゃあこれからおまえの事は呼び捨てでいこう 」 「はあ!?ちょっ」 そうしようそうしよう。 機嫌よさそうに自己完結で納得した家持は、唖然とする果恵をよそに軽やかにサイドブレーキを解除して アクセルを踏んだ。 「ちょ、まっ、なんでそうなるんですか!」 「しょうがないだろ、菓子を持ってなかった果恵が悪い」 そんな理不尽な!そう叫びたかったのに、相手の口から飛び出した自分の名に体は凍りついた。 今まで苗字で呼ばれていたのに。これではますます教師と生徒に戻れない。 「せ、先生、止まってください!コンビニでお菓子山ほど買ってあげますから!」 「無理、駄目、遅い」 遅くなんてない!心うちで大きく叫んだ果恵の受難はまだまだ軽く。 本当の受難はしたり顔の家持によって呟かれた不穏な言葉であったに相違ない。 「おまえも俺の事先生って呼ぶの禁止な」 それってハローウィンと全く関係ないものじゃあ・・・。果恵のその質問に返される答えは無かった。 (2007年10月27日〜同年11月1日) 戻る / 書庫へ / 本編へ |