「こんな出会いもいいではないか」 プチ続編
6.期末試験真っ盛り


「あぁ〜、つかれる」
相変わらずの車内で、ステアリングにもたれて不機嫌そうにうなった男を横目にとらえて、横峰果恵はため息をついた。
「そんなに疲れてるなら、さっさと家に帰ったほうがいいですよ」
そのほうがお開きの時間も早くなるし。そうは思ったが、決してそれだけの理由ではない。どことなしか顔色が悪いように思えるのは、気のせいか。気のせいであってほしいと思うのは、そんな事を見分けられるぐらいそばにいるのだという事実を、果恵自身が避けたい話題だからだ。
(違う違う。今は先生のことだった)
「ほら。もうちょっとしたら大通りでますよね?私そこで降りますから。先生は、そのまままっすぐ家に帰ってくださいね」
そこなら地下鉄の駅まで徒歩10分ほどだ。楽勝で帰れる。そんな頭の算段などどうでもいいことなのか、疲れがたまりきってますといった典型的な顔色をした社会化教諭・家持章仁は憮然とした声と共に口を開いた。
「いい。どうせなら、お前のアパートまで送ってく」
「―アパートいわんでください。小さいけれども、私の城なんですから」
苦笑と共に言い返した果恵の抗議に、家持は数十分ぶりに笑みらしきものをその唇に浮かべた。
果恵が間借りしている一室は、こじゃれた学生のためのミニマンションだ。家持は毎度それをわかったうえで、アパートアパートと連呼する。
ふてた果恵を横目にみやり、家持は機嫌よさそうに笑って運転を再開している。
それでもやはり目元はうっすらとくまができている。高校で教鞭をとっている家持は、学生のテスト期間の前後にあうといつもこんな風にどこかが気だるそうだ。
加えて今年は高三の強化クラスを冬休みに引き受けるとかで、いつにもまして多忙のようだ。
そんな中でも、果恵と会うペースを崩そうとしないから、他人事といえ心配してしまう。
「―友人とか思うなら、ちょっとは自分の体のこと気にしてくれませんかね?」
ボソリとつぶやいたその言葉に、家持は少しだけ驚いた顔をして、それから存外に柔らかな表情で笑ったのだった。
「一人でいるより、果恵とこうやって喋ってたほうが疲れがとれるからそれでいい」
―この人、もしかして天然だろうか。
照れた様子もなくそんなことを堂々と言い切る教諭に、あいた口がふさがらない。加えてハローウィンの時からはじまった呼び捨ての呼称が、果恵を混乱させる。
少しばかり頬がじっとりと赤くしびれたのは、きっと自分も疲れてるんだ。
「さいですか」
ふいと視線を窓の外へ向けた果恵は、できるだけぶっきら棒な声を出すことだけに集中した。

 (2007年12月10日〜2008年1月3日)

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