「こんな出会いもいいではないか」 プチ続編 10.ひな祭り 「やっぱ甘酒だろ、甘酒」 数週間ぶりのドライブで、もはや恒例となりつつある車内でのひと時。嬉々としてそんな事を言い出した男相手に、果恵は首を絞めてやろうかと聊か物騒な事を半ば本気で考えた。 証拠とばかりに僅かに果恵の指先が獲物を求めて彷徨ったのを、なけなしの理性が押さえつけた。 いけないいけない、いくら相手があまりにものんびりとしているからといって果恵の葛藤を知らないだろうからといって、八つ当たりはいけない。―たとえ、その葛藤の中心にいるのがこの食えない社会化教諭だったとしても。 (どうなんだろう私) それはもう何度も何度も果恵の心の中で循環している質問の類で、そのたびに果恵は自身の感性とやらを疑ってしまう。それもそうだろう。どうしてか、果恵を友人だと言い切る家持章仁が、気になってしょうがないらしいのだ。無意識にバレンタインデーにチョコレートを買ってしまうほどには。 (あぁぁあ、嘘だ嘘だ嘘だ!) あれほど、友人という間柄になってはいけないと思っていたのに。 果恵の心中の叫びなど全く知らぬ暢気な男が、ゆったりと次の句を紡いだ。 「そうだ、果恵。ひな祭りの日は一緒にご飯食べに行こう。最近忙しかったからな、任せろ俺の奢りだから」 何の気もなしにそんな事を言う。果恵は唸りたいのをかろうじて堪えた。自身の嗜好を悉く把握されているなと思うのは、こんなときだ。さりげなく提案された外食するその場所は、常々果恵が気に入っているお店の一つだが、いつだってそんなことを家持相手にいった例がないというのに。ますます、これはいけないと思う。思うのに、性質が悪い事に果恵は気づいてしまったのだ。 いつだって離れなければと思うだけ思って、自分は一切行動に移していなかった。始めは有限を実行したが、それもGWまでである。事実に気づいた時には思わず脱力してしまった。 (私って、私って) 懊悩する果恵とは正反対の甘い笑みで、家持は軽快な速度で車を飛ばす。その口許から笑みが途絶える事は無かった。 「遠慮する事はないぞ。俺とお前は友達だからな」 (そう、それが問題なのだ) ことあるごとに家持は果恵のことを友人だと称す。今まではそれに異存を唱えればよかっただけなのに、今はそれができないでいた。逆に覚えるのは、苦い違和感だ。 (先生にとって私は友人だとしても、私のこの感情って) こんな甘ッ苦しい反応は、友人に対して抱くものであったろうか。その答えは果恵の心のうちですでに形をもっていたが、正確な言葉を当てはまるのを果恵自身が拒んだ。 (納得いかないな―) 「果恵?どうした、元気ないな」 相変わらずのんびりとしたその問いに、果恵は内心で毒づいた。 …一体誰のせいだと思ってるんですかね。 (2008年3月2日〜3月14日) 戻る / 書庫へ / 本編へ |