「こんな出会いもいいではないか」 プチ続編 11.ホワイトデイ 「―先生、これなんですか」 ようやっと紡いだその言葉に、真横に座る男が口だけで笑った。 「おぉ。ちょっと遅れたけど、それホワイトデイ」 家持章仁教諭のあまりにあっけらかんとした言い様に、横峰果恵は成す術もなく固まる。膝元へぽんとおかれた小さな箱を、まじまじと見やった。地元で有名な洋菓子屋の包装で、手に取れば軽い。おそらくクッキーとかそういった類のものに違いない。 しかし、話はそんな事ではない。口許をひきつらせながら、果恵は家持にその箱をつき返した。 「私、バレンタイン何も上げてないんですがね。人違いですよ、先生」 件のチョコは今もまだ冷蔵庫の中にある。チョコレート自体が幽体離脱なり大脱出なりしない限りは、家持に果恵からチョコレートが渡ったとは到底不可能な話だ。 一体誰と自分を間違えているのやら。疲れとともに暗い怒りがふつりとわいた。 (私は誰かとあっさり間違えられる程度の"友人"なのか) 怒りとともに悲しさまでが迫ってくる。不機嫌になる果恵の耳にするりと入り込んだ低い声が、思考の一切を悉く分断した。 「は?それくらい覚えてるに決まってるだろう。それともなんだ、おまえ、俺がぼけてるとでもいいたいのか?」 ギロリと果恵にも負けないくらいの不機嫌な表情で睨まれて、今度は果恵がたじろぐ番だ。わかっていて、それでもお菓子をくれる理由が、果恵にはさっぱりわからなかった。 「え、あの。ぼけじゃないなら何だというんですか?」 本気でわからないから真剣に聞いたのに、真顔で言うなと何故か怒られた。大きな手が垂直に降りてきて果恵の頭を軽くチョップする。極端に力加減をされたものなのに、突然の接触に思わず身を竦めた。―変にドキドキする。 「職員室や売店のおばちゃんやらにバレンタイン貰ったからな。適当にお返しの菓子詰め探してたら余ったんだよ」 ほら、田山先生とか日高先生。一年しか経ってないんだし、覚えてるだろう? 答えを促すその声に、果恵はゆっくりと頷いた。いずれの先生も、ついでに売店のおばちゃんも知っているが、皆そこそこの年齢だったはずだ。日高先生にいたっては、子供がもうすぐ中学に上がるとかいっていたはずだ。 「若い先生や生徒からは貰ってないの?」 「あ?あるわけないだろ。ん、…あー、先生方からはなんか連盟で貰った。個人的には田山先生達だな、机が同じ島にあるから。売店のおばちゃんは日ごろ世間話とかするし」 もう随分と昔の事のように記憶をあわせ合わせ話す家持を見ていたら、果恵の怒りはいつの間にか呆れへと変わっていた。ついでに哀れみをも感じてしまう。だからしみじみと果恵は同情のため息すらついて呟いた。 「先生、もてないんですね」 「うるせぇ。別に気にしてないしな」 本当に気にしていないのだろう。つまらなさそうに言い捨てる家持から、どうして目がはなせなくて。 「そういうのは、好きな奴からもらえたらそれで充分だ」 その言葉に、ドキリとした。 そういえばもう約一年もの間家持の他称"友人"とやらにされてきたが、家持からそういった類の話を聞くのは初めてだった。 (恋人はいない、よなぁ) 恋人がいて、ここまで自分と馴れ合っていたら問題だろう。それ以前に、彼の性格を考えるにそんな器用なことをするタイプではないはずだ。そんな事を無意識に考えてしまった自分に、果恵は思わず顔を顰めた。 「ありがとうございます、とりあえずもらっときますね」 気持ちから目を逸らしたくてゆっくりと礼を述べれば、何も知らない家持教諭は「ああそうしとけ」と実に鷹揚に返したのだった。 (2008年1月22日〜2月20日) 戻る / 書庫へ / 本編へ |