「こんな出会いもいいではないか」 プチ続編 12.終了式 夕方に呼び出された。誰からなどもういわずもがなのあの社会科教諭からだ。 葛藤に葛藤を重ねた結果、こうしてふらふらと出向く己が間抜けに思えて仕方ない。横峰果恵は乾いた笑いを漏らして支度をした。尤も、もうアパートの前まで来ているからと言われては、出て行かねばなるまい。それがいい訳か正論かを見極める前に、果恵自身は外へ出た。 うやむやな気持ちを抱えたまま助手席乗り込んで、、相手の顔を見るやいなやさっさと口を開いてみせる。が、いつもと違う服装の男を見て愚痴だったはずのものがあっさり質問へと摩り替わってしまった。 「どうしたんですか、一体。今日何かあったんですか」 きっちりと着込んだスーツは、普段着とはとてもじゃないが言いがたい。どちらかといえば手堅いフォーマルのタイプだ。この男は自分をどこへつれていこうとしているのだろうか。果恵は焦る思いで自らを見下ろした。春先に浮かれて引っ張りだした薄手の長袖にカーディガン、さらに下はジーンズ。どこからどうみてもフォーマルには見えないし釣り合わない。しかし家持の返答は全く果恵の予想とは違う場所にあった。 「ああ、今日終了式だったからな。俺はその帰り」 「…あ〜。そういえばそんな季節でしたね」 曖昧な抑揚で呟けば、なぜか隣の男が苦笑した。 「なんですか」 「いや、そういやお前見つけたのも終了式あたりだったよな。卒業式終わってからいくらかたってた」 懐かしそうに目を細めてそう漏らした家持章仁教諭は、確かに一年前のこれぐらいの時期までは果恵にとってなんの関係もない存在だった。そうですねと呟いて窓の外へと視線を逃がした。そうすることで、自分の中の同様をすこしでも和らげようとした。 当たり前に家持と出掛けるという事を想定していた自分が、少し衝撃だった。残りの大部分は、もうすでに諦めている。気づいてしまったありえないはずの気持ちが、どうあがいても認めざるをえないからというのもあったから。果恵は万感の思いを込めてそう呟いた。 果恵も去年のこの時期にはもう、母校を卒業していた。あれからもう一年になるのかと、時の流れに驚きを隠せない。 (そういや確かにこの時期だっけか、この人につかまったの) 果恵の人生の中でも充分に印象強い出来事といえる、桜の下での一方的な友達宣言からももうすぐ一年たつのだ。そう思うと、奇妙な心地になる。乾いた笑みを浮かべればよいのか、頬を赤らめればいいのか。はたまた叫びたいのか、果恵自身にも説明がつけられるようなあっさりとした明確さはなかった。それでもやはり、あれがなければこの人と今こうしていなかったのだと思うと、ますます心中は複雑になるばかりだ。果恵は生ぬるい笑みを浮かべて、気持ちを切り替えることにした。 「そういえば、桜そろそろ咲きますかね」 「いや、まだだ。でもそんなに遠くないな。天気さえ良ければ今年は入学式あたりと重なるってよ。校長が喜んでたぜ」 母校でひっそりと咲く気に入りの桜を思い浮かべれば、隣からあっさりと答えが返ってきた。職場が果恵の母校であり、家持がその桜を毎日眼下におさめていられる状況であるのだから当然であったが、できればその状態は果恵自身が自ら足を運んで知りたかった。 そんな無言の戸惑いがわかったというのか、家持はどうしてか低く笑って宥めるようにポンと果恵の肩をたたく。思わぬ接触に、ドキリと胸が高鳴った。 「まあ、もう春休みに入るしな。学校に来る生徒は部活か生徒会くらいだろ。だから、気軽に見にきたらいい。携帯鳴らしてくれたら、俺迎えにおりるし」 「――それはどうも」 わざとらしいほどに軽やかに跳ね続ける胸の鼓動を隠すかの如く、口から漏れたその声は低かった。しかしそんな事を気にする相手ではない。家持はただくつりと笑った。 「おお。友達だからな」 (友達―) 前とは違う意味で、その言葉は果恵を憂鬱にさせる。果恵はどうあがいても、家持の事を友達を通り過ぎた存在としてみてしまっているというのに。 「―さいですか。それはどうも」 捨て鉢で形ばかりの礼を述べつつ、意識は違う方へ剥いていた。とにかくこのままではないけない。どうあがいても自分の思いは友情とは少し違う気がすると認めざるえないこの状況では、彼の屈託の無い友達発言は彼女を悉く追い詰める。だからそろそろ、さすがにどうにかしようではないかと。果恵は重い腰をあげる決意を固め始めていた。 決着の時が、すぐそこまで近づいてきていた。 (2008年1月22日〜2月20日) 戻る / 書庫へ / 本編へ |