狼・番犬・羊の関係 プチ番外編
―狼、優越感に浸る―


彼女が自分を見る目が、雄はたまらなく好きだった。
挑発しているのではなく、純粋に勝負に挑むような眼差しは雄の本能をどうしようもなく揺さぶるのだ。
無理やり恋人という首輪をつけられた朋希はたいがい雄を睨みっぱなしだが、それでもペースを乱されれば簡単に違う顔を見せてくれる。
勿論それは雄自身に朋希が徐々に打ち解けてきているからに相違ないが、雄はもうそれだけで嬉しくて仕方なかった。
思いが完全に重なっているわけではないのだから、恋人といっても正真正銘の恋人めいた会話もなければ行動もない。それでも二人の距離は確実に縮まっていると思う理由はたくさんある。
例えば笑顔で強要しなくとも、最近の朋希は自分から雄のほうへとよってきてくれるだとか、ポツポツとだが、お互いのプライベートな事を当然として話せ、尚且つ相手に説明を請う必要もないほどにお互いのおいている環境が当たり前の知識として蓄積されつつあることとか。
何より朋希の表情が違う。あいかわらず抱きしめや軽いキスなどに顔を赤くして怒鳴り、時には空手の技を出してまで抵抗をしめすが、それが完全に嫌がっているのではなく照れもあるのだと気付いたこと。
そんな自分に混乱しつつも気落ちしている朋希が、申し訳がないのだがとてもとても可愛らしかった。
全てを諦観したわけではないとしながらも、ほとんど白旗をあげたに近い彼女の妹は、あいかわらず複雑な表情で雄と朋希を観察しているけれども。
そんなことはもう、彼にとって脅威にもならない。
雄は別に妹の香乃が嫌いだというわけではない。ただ自分が手に入れたくて、相手にもこちらを向いて欲しいのは姉の朋希のほうだった。取り合いという形にはなったのかもしれないが、だからといって今の状況を彼女に見せびらかして勝ち誇りたいわけでもない。なぜなら雄は妹を溺愛する朋希もまた、それはそれでいとおしいと思っているのだから。
「はなせってば…っ!」
何度同じ事をしているのに慣れない朋希は、今も雄の軽い抱擁に驚き慄き抵抗する。真っ赤になって睨みつける彼女に笑いかけながら、雄は彼女の目を覗き込む。
妹の事を嫌いなわけではない、でも競った事は事実で。
実際やはりこうして彼女の両の目に大きく映る自分を確認して、密かに喜ぶ自分がいることも確かだから。
(大概俺も大人気ないな)
思い切り抱きしめる腕に力を入れながら、雄は苦笑いと共にひっそりとため息をつくのだった。

 (2007年5月6日)

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