狼・番犬・羊の関係 ハローウィンプチ番外編
―番犬、返答に窮する―


「お姉ちゃん。何作ってるの?」
可愛らしい妹の声に反応して、朋希は振り返った。
キッチンの入り口で、朋希最愛の妹・香乃が小首を傾げて立っている。愛らしいその様に思わず相好を崩して、朋希はニコニコと香乃を手招きで読んだ。
「パンプキンパイよ、香乃も一緒に作る?」
「うわぁ、ハローウィンね」
楽しそうに声を上げて香乃は朋希の傍まで寄ってきた。パイの下地がひかれた型に具を流し込むだけという ほど、パイ作りは終わりを迎えているのを知り、妹は困ったように笑った。
「焼き上がりが楽しみ」
「ふふ、香乃に一番におすそ分けするわ。待っててね」
朋希の言葉に、本当に嬉しそうに香乃が笑って御礼を言う。その様すらいとおしくおもえて、朋希はひたすらに眉尻を下げた。
「でも珍しいね。お姉ちゃんがお菓子作ってるの」
香乃の言葉に、朋希は静かに苦笑する。本来こういった菓子作りの類は、朋希よりも香乃の得意とする分野だ。香乃がこさえるお菓子はいつもプロ並においしいと朋希は周りに豪語するし、事実本気でそう思っている。そんな朋希だが、実は自分が作るのもあまり嫌いではない。空手が忙しいし、そちらのほうが今は楽しい事もあいまって台所に立つ回数は年々減っているが、一般的な学校の調理実習で習う程度のお菓子なら朋希も作ることは可能だった。
「まあね。今回は特別。部の皆でハローウィンパーティしようって話になってね。持ち込みでみんなお菓子もってくるから。たまには手作りもいいかなって」
「それでこんな大きい型使ってるのね」
納得した様子の香乃の頭を撫でて、改めて見遣る。確かに普段使う型よりも一回り大きいものをひっぱりだした。女子部員だけだが、なくなりきるよりは不測の事態で全員に回らなかった場合を考えると大きいものの方がいいだろうと思ったのだ。
本当はパーティというほど大げさなものではなく、部活動後部室でささやかながらも食べて話そうといった趣旨なのだが、それでも部員同士で騒ぐのは楽しい。そのためのお菓子提供など、朋希にとっては痛くも痒くもない話である。
今からその時間を楽しみに頬を緩めていた朋希は、香乃から零れ落ちた疑問に大きくその笑みを崩した。
「あれ?こっちの小さな型は…、お姉ちゃん誰かにあげるの?」
誰か。その誰かの顔が一瞬のうちに朋希の頭を支配する。
意味不明なうちに恋人という関係に陥ってしまった、倉越雄。 会った当初は香乃に群がる害虫かと用心していたのに、いつのまにか自分が捕まってしまっている。何かが可笑しいと気づいた時には遅すぎた、悔しいほどに朋希を転がすのがうまい相手。
最近はそこまで争うことも無く、どうしてか普通の恋人同士のような行動をすることにも慣れてきているし、 雄の事を意識し始めている。
そう、こうして相手用にと頼まれてもいないのにパイを焼こうとするほどには。
それでもやはり、それすらも相手の思惑かもしれないと思うのが怖くて。否、なによりも悔しくて。
朋希は妹の言葉に、ややぶっきらぼうに言い返した。
「だ、誰も奴にあげるつもりなんてないんだからねっ」


今はまだ素直になれない。
これが番犬の精一杯。

(2007年10月28日〜同年11月1日) 戻る小書庫へ本編へ