狼・番犬・羊の関係 プチ番外編 ―狼、感極まる― 「―これ、俺の?」 たっぷり三十秒の沈黙の後、雄はどこか呆然として口を開いた。 目の前の恋人が、その凛々しい顔立ちを心なし赤く染めてこちらに"つまらないもの"とやらを差し出していた。 『これっ、つまらないものだけど』 前半の勢いはどこへやらのたよりない呟きとともに自分の胸元にほとんど押し付けるように取り出された物体は綺麗にラッピングされた小皿でも入っていそうなサイズの箱で。どう控えめに見てもそれは自分に対する贈り物なのだと直結して考えてしまえるような装丁がされていた。 それでも雄は目の前で起こった事実を信じられず、また理解するのに数十秒もかかってしまった。試合中であれば完全に相手の技が決まって即敗退であったろうくらいの致命傷だ。 それでも信じられなかった。恋人といっても、彼女・白畠朋希との馴れ初めは自分でも褒められたものではない事はわかっている。徐々に自分という存在になれてきてもらっているという自負は持っていたが、相手からの積極性を望むにはまだまだ時間が必要だと考えていたからだ。そんな雄にしてみれば、居間目の前の出来事はまさに青天の霹靂、幸せの到来である。 驚きと不意に襲ったラッキーな出来事のせいで存外に淡白な声がでた。 朋希の眉が一度だけ下がり、いつでも凛としているその眼差しが徐々にあたふたと落ち着きをとり逃していく。 「部活で!ハローウィンパーティしたのよ。ほら、今日10月31日でしょう?そ、それで材料余ったから、ついでに。ついでに作ったの。おすそ分けよ」 つっけんどんな言い方だが、そうも言葉をつまらせていては冷たさを演出する事は皆無だろうに。 ふつふつと心の底からわきあがってくる暖かい感情に胸を詰まらせ、雄は心からの笑みを浮かべた。 本当はいろいろと揚げ足を取りたい部分はあるのだが、今回に限りそれら全てが居間の空間を駄目にしてしまうような気がして、ただ笑みを深くする。 (ああ、もう本当になんて奴) おまえは少女漫画の住民かと友の間で語り草となっている朋希とのはじまりについて、自分は一切公開などしていない。ああでもしないとこの異常に仲の良い姉妹の片割れは、絶対に雄をしっかりと認識してくれなかったはずだ。かませ犬で終わらせるつもりなどサラサラ無く、また半ばままごとのような付き合いのなかで、更に相手に惹かれている自分がいる。それは少しの悔しさを伴う至上の幸福だとわが身の境遇を喜んでいるほどに。朋希のことにも人一倍敏感で、実は少しずつ本当の意味でこちらに興味を持ち始めていたのは知っていた。だけど決定的な行動をしてくれたのが今日がはじめて。 それだけでこんなにもいとおしさが深まる。 例えばいまだ何も言わない自分に焦れ始めた朋希の表情によぎる不安の影だとか、それでも気丈に振舞おうとする姿勢だとか。あげくこんなにも綺麗にラッピングしてくれているのに、それすらまともにアピールできずついでだとか言ってしまう彼女の言動だとか。いちいち雄の感情に響く。 「―倉越?」 「ありがとう、朋希。嬉しいよ」 感情を制御することなく零れ落ちた笑みに、朋希は一度固まってぶっきらぼうにいいえと呟く。でもその言葉が柔らかい事も、ついでに相手の頬が真っ赤に熟れてしまっていることもわかっているから、雄はただ優しく笑って朋希の手からプレゼントを恭しく頂いた。 (2007年10月31日〜11月1日) 戻る / 書庫へ / 本編へ |