その音を遠ざけて プチ番外編


クラブに勤しんでいたら、すっかり日が暮れてしまっていた。
真っ暗闇といえば大げさだが、それでも外灯無しでは一人歩きは心もとない。加えて今日はいつもより遅い時間だから、唯一の"楽しみの時間"もお流れだ。
「うわっちゃぁ・・・・」
色々な感情を込めて、瀬良知美は大げさな嘆きをあげた。それでもいつまでもこんな薄暗い学校の昇降口に居座り続ける暇も無ければ根性も無い。とぼとぼとした仕草で上履きを履き替えて外へ出る。薄暗闇の中吹きすさぶ冬風が、知美をより一層情けない気持ちにさせた。
(私も竹川君みたいにイヤフォンして帰ろうかな)
耳宛てのようなものが必要だと思うほどには、寒い。ちなみに彼のように登下校の最中逐一はなさず音楽を聞き続けるなどという芸当は知美には持ち合わせていないが、それでもこんなに暗いさなかに一人で帰るには音楽は心強い味方になってくれるに違いないのだ。
一気に駆けて家まで帰ろうとした矢先のことだった。昇降口傍の空きスペースで暗がりが揺れた、様な気がした。
「…お、やぁ?」
(やめてやめてやめて!怪談ほど洒落にならないものはないんだってば!)
思わず引きつった知美の顔は、暗がりから現れた人物を認めて驚きに色を染めた。
「た、竹川君?君なにしてるの、こんなところで」
「―…遅い」
それは いつも無表情でぶっきらぼうで音楽を愛しちゃっている知美の片思い人竹川佳幸に間違いなかった。いつものようにシルバーのイヤフォンを耳に装備した彼は一言不機嫌そうにそう漏らす。どうやら待っていてくれていたらしい。今までになかった彼の行動パターンに思わず呆けたように立ち尽くしてしまっていた。
「竹川君、待っててくれたの」
驚いた調子でそういうと、佳幸の表情は更に険しくなる。見当はずれだったかと一気に落ち込んだ恋心は思わぬところで浮上した。
「名前を呼び捨てでいい。って、お前は何度言わせる」
「あ、あ、ああ」
確かにだいぶ前、そんな事を言われた。だけども照れが先行して呼べないでいる。赤くなった知美の顔をため息と共に見下ろして、佳幸はゆっくりと歩き出した。家路についてくれるのだろう、恐らく一緒に。
「待って待って!そんなに急がないでってば、よっ、佳幸…君」
言いなれない。それに加えてとてつもなく恥ずかしい。そんな思いに駆られる知美にたいし、彼は言及一つしなかった。
ただ黙って歩調を合わせてくれる。その耳にはいまだにイヤフォンがついていて、会話もあいも変わらずほとんど知美が話しているようなものだけれど。
最近さっきみたいに、声をきけるようになった。あいづちだって打ってくれる。確実に進歩した会話に、知美は知らず微笑んだ。
(これは、もうちょっと頑張ってもいいのかな)
後もう少し。そうしたらやっぱりちゃんと告白しよう。決心をしなおした知美は、赤い顔で微笑んだ。


(2008年1月23日)

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