真面目に生きてて何が悪い!
ホームルームの最中は、いつだって誰かの不満がわきでてくる。
早く終わりたいのは皆同じだから仕方が無いが、全てが自分のせいに聞こえるほどに、要するに
唯は疲れきっていた。限界だったといっても差し支えないほどに。
「ねえ、まーだ終わんないのぉ。ってか早く帰りたいんだけど」
「委員長、そろそろ終わろうぜ。俺もクラブあるし」
いつもの通り誰かがそう声を上げ、それに賛同するように唯の隣から声がかかる。
副委員長、もう一人のクラス委員だ。
同じ立場にあるはずの彼さえ、どこか詰っているように思えて唯は今度こそダメだと感じた。
もう無理だとも思った。それでも理性を何とか復活させた。これでもう唯の理性と忍耐の貯蓄
はゼロだ。
「後もう一つ。これが終わったらもう帰れるから」
「えーっ!そんなん明日でいいじゃんよー!」
「委員長、融通かきねえな。むいてないんじゃねえ?」
不満は尤もだ。きっと唯が委員長でなかったら同じことを言って時間を気にしたに違いない。
だけれども先ほど述べたとおり、唯は疲れきっていて理性と忍耐ももう手放した後で。
疲労困憊精神衰弱の結果、唯は静かに言い放った。
「そうね。じゃあ私、今限りでおろさせてもらうわ」
こうして唯はクラス委員の任を勝手に解いた。
「あ、薙沢!」
大きなその声に、唯はぎこちなく立ち止まった。
朝方のグラウンドから叫ばれたであろう声は、イヤというほど聞き覚えがある。
しかも呼ばれたのはあきらかに唯の苗字で、唯は品悪くも舌打ちそうになった。
そのまま無視して立ち去ってしまおうか。むしろそうしようと思い再び歩き出した唯の進路方向
、歩数にして十ほどの距離に学校指定のジャージ姿が飛び込んできてそれも叶わなくなった。
ひょろ長い背の男を見て、唯は遠慮なく眉根を寄せる。相手も唯に負けぬほどの不機嫌さで
彼女を睨みつけていた。
「いまの完璧聞こえてたろ」
「用件は何かしら、三津谷君」
すっと言葉を滑り込ませれば、気勢を幾分削がれた様子で三津谷が口を開いた。
「―あのさ…明日の総会のことなんだけど」
「私、もう委員じゃないから関係ないんだけど」
一刀両断に言い捨ててやる。そうすると三津谷は一瞬だけ驚きを見せ、それから更に顔をしかめた。
「おまえ、まだそんな事いってんのか」
「まだもなにも」
三津谷のその言葉に、唯は至極冷静に話を切り出す。朝方で部活の朝練がはじまったばかりのせいか、
グラウンド越しからいくつかの奇異の視線が唯の体にまとわりつくが、
唯の声はそれすらも制すような静かな迫力があった。
「昨日の話聞いてなかったの、クラス委員さん」
「だからっ」
「私は。あの時いったわ。クラス委員やめるって。生徒手帳見なさい。校則上許された
行為よ。そして校則に則ればあなたは現存クラス委員として、もう一人選べばいいの。ただそれだけ。
総会もその子に行ってもらえばいいでしょう?――あなたどうせ、総会出る気ないんでしょうから」
唯は元から、どうして三津谷が話しかけてきたのかその意味を至極正確に理解していた。
唯と同じくクラス委員についていた三津谷だが、彼はサッカー部のエースらしい。らしいとあえて
嫌味のようにつけるのは、唯がその試合を一度も見に行った事がないからだが、とにかく三津谷は
それを理由に委員の仕事のほとんどに手をつけない。全学年のクラス委員が一堂に会す総会も、
本当は二人で参加が規則だがこの男は一度も行った事が無いのである。
大方そんなところだろうとよんでいると、目前の三津谷の顔に渋さが増した。
「計画的犯行かよ」
「何が」
三津谷がなにをいわんとするのか、唯はおぼろげながら理解した。要するに前々から計画をしていた
ように聞こえたのだろう。確かに校則などほとんどの生徒はチェックしていない。だけれども
その考えは唯を悉く逆上させた。
「あいにくと私は校則には全部目を通してるし、それ以前に!最初の総会で会長が説明してたわよ。
疑うなら他の委員の子に聞いて御覧なさい。一度も、いいえほとんど委員の仕事した事無いくせに
私ばっかり責めないでよ!」
クラス委員になってから数ヶ月、唯はそのほとんどをたった一人でこなしていた。
真面目すぎる自分の性格が悪いと友人達にも言われたが、それでは他に誰がやってくれるのか。
誰も手がつけなくて最終的にお鉢が回ってくるのも自分であれば、怒られるのも自分なのだ。
そんな中、誰一人仕事をしない副委員長三津谷を責めない。クラスで人気者だろうが何だろうが
、今の唯には三津谷はにくい存在でしかなかった。
昨日の発言だって疲れ果てた唯の限界がおこした行動であって、それすらも責められるとあって
唯はこのとき完全に三津谷を敵と位置づけた。それ以外のどこに彼をおけばいいのかと思うほどに
、三津谷という存在が憎らしい。どこか驚いた顔のまま固まっている三津谷を唯は
思い切りにらみつけた。
「悪いけどそういう事だから。新しい委員さんを総会までに決めときなさいね。提出書類はもう
あらかた終わってるし。――だから私は、あなたにもうそんな事言われるいわれはない」
そのまま通り過ぎようと歩を進める。呆然としたままの相手の顔をみて、いい気味だと思ってしまう
ほどに自分だってひねくれているが、唯はあえてその思いを無視した。
唯は真面目な性格で、この時期においてその性格で損をすることは多々ある。だけれども
今年のクラス委員の件はあんまりだと常々思っていた。
クラス委員は何かと雑用もおおいし束縛される時間は多い。ホームルーム云々は傍においても、
プリント制作・配布や教師からの伝令その他は全て唯一人で行っていたのだ。
それだけでも疲労しているのに、誰も話は聞いてくれないし、かといって
できてなかったら自分が詰られる。教師はおいておいて副委員の三津谷はあんな調子だったから、
唯はすっかり体調を崩してしまった。
歩く速度を速めながら、唯は鬱々とした思いで空を見上げる。
(私の気も知らないで)
こんな状況においてもきっと、クラスメイトは三津谷に同情するだろう。当たり前だ、人気が圧倒的に
違うし、何より昨日の唯の所業のほうが目立ちすぎている。
居心地の悪い空間に行くことを考えたら、本気で気分が悪くなってきて唯は思わずその場で立ち竦んだ
。
(―保健室、行こう)
昇降口へと向かいながら、唯はもう一度ため息をつく。自分に一杯一杯の彼女は、背後でいまだ
三津谷が見つめている事に、全く気付いていなかった。
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(2007年9月26日)
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