「こんな出会いもいいではないか」 プチ続編 12.桜咲く 「――それでも、受け取ってくれますかね」 それが用意していた言葉の全てだった。ここから先は、果恵のあずかり知らぬ事態だ。なにせ家持側のリアクションが最後までつかめなかったのだから仕方ない。人の気持ちをけなす人ではないとは思うが、もしそんな事があれば遠慮なく叩いて帰ろうとは決めていた。 (さあ、どっちだ) 固唾を呑んで凝視した相手は、どこまでも果恵の予想を裏切っていく。明らかに笑いをかみ殺した声が果恵を包んだ。 「お、まえは」 「―なんですか、というか笑うって失礼にも程があるんじゃ」 恐らく笑っているのだろう、気の抜けたような家持の声に肩が震えた。 「ほんっと、面白い奴だな」 「言うに事欠いて、それなのかあんたは!」 思わず伏せていた顔をあげて全力で突っ込んでしまった。それすら頓着せずに笑った家持は、そのままの笑みで果恵を見つめる。あまりにもな展開に、果恵は目を逸らすことができなかった。 「友人宣言したはいいけど、はじめはほんと余所余所しかったし。というか逃げただろう、おまえ」 唐突に語り始めたその内容に、いぶかしみつつ口を開いた。 「あそこでまともに友達になりましょうなんて、青春ドラマの見すぎでしょうよ」 「やっと俺に慣れたと思ったから、先生っつうのと敬語をやめろっていったのに一切直しもしないで」 「ハローウィンのことですか?あれはどう考えてもおかしな要求でしょう。従うつもりはありませんでしたよ」 押し問答のような言葉の中に先ほどの答えを探せというのか。こんな時くらいイエスかノーかとはっきり言えば良いだろうに。苛々としつつも流されるままに相手してやると、家持は複雑そうな顔で笑っていった。 「いいや、直してもらわないと困る。俺と次の関係にいくのなら尚更だ」 理解するのが遅れた。それほどまでに、あいては何事も無いとでもいわんばかりの変わらぬ口調だった。しかしその内容は違う。先ほどの果恵のようだ。驚きに目を瞬かせる果恵と視線をしっかり合わせて家持はニカッと笑った。 「おーい果恵。返事は」 「―先生、私のこと好きだったんですか」 なんとか声になったのはそんな間抜けな言葉だった。俗に言う両想いの発覚であるというのに、驚きすぎてドキドキが飛んでしまっている。逆にまじまじとそんな事を言い出した果恵に、家持は痛々しいものを見る目で果恵を覗き見てはっとため息をついた。 「なに。おまえ見込みがあると思ってアプローチかけてくれたんじゃないのか」 「好かれているのだろうとは思ってたけど、友人友人と繰り返し言うから恋愛とはまた違った親しみだろうかと」 事実、家持の心情が分からず懊悩を続けていたのだからしょうがない。素直にそういえば、親愛なる家持教諭はそうかよと力なく呟いた。 「そりゃ気が合いそうだとかはあるけどな、友人にあんな思わせぶりな態度はとらん」 「真理ですね」 「そうだろうそうだろう」 真面目腐った調子でかけあえば、なんだか互いがどうしようもない間抜けに思えて口の端が緩んだ。どちらともなしに笑いが零れる。心は驚くほどに穏やかだった。嬉しいという気持ちとはまた違う爽快さに体全体が包まれていた。 「で、貰ってくれますか?友チョコじゃないチョコレート」 笑みさえ浮かべていってみる。見上げた先の家持の目尻は優しげに下がっていた。 「むしろ友チョコじゃないのがいい」 素早く返ってきたその声はただし、とやっぱり果恵がしたように意味深に区切って見せた。 「貰う代わりに、おまえはとりあえずその先生っていうのやめろな」 「―努力します」 守れる保証が無かったから、思わず後じさってそういえば家持がまたため息をついた。それでもその笑みは限りなく優しい。 そんな二人の間を前と変わらず風に泳いで花弁がはらはらと舞い降りていく。優しい薄紅の桜の花を見上げていたら、横からそっと頭を撫でられた。 「来年も一緒に見ような」 優しい約束に、果恵はただ微笑んで。かわりにそっと、相手との距離を縮めた。 桜のご縁で知り合って、桜の元で結ばれる。 こんな出会いもいいではないか。 (2008年4月7日〜2月20日) 戻る / 書庫へ / 本編へ |