ファンタシア11
「いきなり呼び出して悪かったな」
王城の執務室。
セシルたちよりも数段上の机の向こうで立ち上がり、
陛下は彼らを招き入れた。
オランディニアル国王、ティラレル3世は
あっさりと執務を中断し、セシルにソファに座るようにと促した。
この国では、
黒に近い蒼い髪に深くそこを見せぬ藍色の瞳という組み合わせ
は珍しい。
それがこの王族に現れる特徴だ。
目の前に座るティラレルも、例に倣って見事なまでに藍に染まった
その瞳を、静かにきらめかせた。
どう上に見ても30前の容姿にしか見えない彼は、若くして両親を亡くし
たという過去を持つ。
一人息子だったゆえに、
十台半ばにして、彼はすでに王だった。
王が子供ということは、他国からも内部からも狙われやすくなるものだが、
いかんせんこの男の王というなの器は、常の王よりも大きく、底も深かった。
摂政を一人もつけずに改革へ踏み出しては、成功を必ずや収める。
次々と彼独自のアイデアを広げ、なおかつ国内外権勢のコントロールも
おてのもの。
活性期のこの国を、さらに栄華の時代へと変えていった
幼い王を、国民は畏怖の念をこめて"幼刀王"と呼んだものだった。
その幼刀王も今、齢29になる。
セシル達よりもいくつか年が上なくらいで、まだまだ
王になるには早い年齢なのだろう。
だが、今までの彼の実績が、他国を今まで以上に権勢し、
なお国内の貴族の調査をも、ぬかりなく行う。
そんな彼に、逆らうものなど、誰一人いなかったのだ。
「そんなにかしこまらなくてもいい。とりあえず顔を上げろ。
ろくに話もできないだろう?」
くだけたその言葉は、一国の王としては威厳にかけるのやも知れない。
が、それも親しいが故だと知っているからセシル達も軽く微笑んで
顔をあげた。
「あいかわらずですね、陛下」
微かにあきれをも伴ったルードの言葉に、ゆったりと向かいのソファに座った
ティラレルは笑って見せた。
「まぁな。…ところで、お前達を呼んだのは」
すっと深みが増した声のトーンに、セシル達も顔の笑みを瞬時に消した。
「お前達のあの少年の身元に関する推測、…と今はしておこうか。
あれがちょっときになるんだ」
あらかじめ人払いされたこの部屋を、
もう一度その藍の瞳で誰かいないか確かめる。
「調査書をしっかりと読ませてもらった。
魔法のことはよくわからないが、浮遊魔術の禁止条例は
確かに今でも有効だ。神殿がもう何百年とその条例を管理している」
視線で静かにエンドへ確認を取るのが、セシルにはよくわかった。
「その通りです、陛下」
静かに肯定した神殿術師に、ティラレルはひとつ「よし」と呟いた。
「まだ断定するのは危険だが、その可能性は極めて高い。
…それを関連させるかのように
ついさっき、
なかなか興味深い知らせが俺の耳に入ってきた」
物憂げというよりは、うっとうしいという表情で、
ティラレルは足を組む。
「レールンが、集まってきている」
「…!」
息を呑むエンドにちらりと目をやってから、
セシルは視線をティラレルに戻した。
「集まってきている、とは」
「お前達もわかるように、レールンもカリアナも特殊だ。
一族でもあるし、集団でもある」
さらさらとこぼれる横髪をさらいあげながら、ティラレルは
息を吐いた。
「要するに、一箇所に全員が住んでいるわけじゃあない。
だから、集まる必要があるんだろうな」
「どこに、集まってきているのですか?」
大方察しがついているようなルードの口ぶりに、
ティラレルは淡く微笑んだ。
「おまえは、どこだと思う?ルード」
たずね返されるとは思っていなかったのだろう。
セシルの隣で、ルードが少し身じろぎした。
「それは、おそらく…ここ、かと」
「そうだな」
つまらなさそうに、あっさりと返ってきた一国の王の言葉に、
エンドが顔をしかめて何かいいたそうだった。
が、セシルはそれを視線で止めた。
セシルもルードも、エンドよりはティラレルという人物を理解している。
彼は今、なにかいろいろと策略を巡らしている。
やる気のなさそうなその態度とは裏腹に、瞳は怖いほどしずやかに
きらめいているのが、その証拠だ。
「エレジルタスラ。…いっちゃあなんだが、ここは隠れる場所に
豊富だ。なにしろ王都だからな」
ふんと鼻を鳴らし、ティラレルは組んだ足の上に手を置いた。
息を吐いてみせてから、
ティラレルは視線をエンドへ向ける。
「エンド、おまえに会うのも久しぶりだな。元気だったか」
がらりと変わった世間話のようなそれに、
エンドは首を傾げることなく、ふわりと微笑んだ。
笑みを伴った独特の礼節は、恭しく優美な神殿作法そのものだ。
エンドの様になったその姿を、ティラレルは目を細めて眺めていた。
「久方ぶりでございます、陛下」
「今回の件について、後々おまえにも動いてもらわないといけないことが
できるだろうが、そのときは頼むぞ」
静かに、しかし試すように光るその瞳の輝きをセシルは見た。
自分の陛下が部下へとやるその視線の強さに、おもわずエンドをチラリとみやる
。
他を静かに凌駕する。
そんな
王者の視線をゆっくりと受け止め、エンドは悠然と微笑んで見せた。
「お任せくださいませ」
よどみないその口調と慇懃な彼の態度に、
セシルは内心舌をまいた。
誓ってもいい、彼は普段ここまでにおとなしい人格ではない。
場をわきまえてこそのこの所作だが、微かに混じった
皮肉が数年ともにいるセシルにはよく見分けがついた。
(あいつ、機嫌悪そうだな)
おそらく、魔術を使えと公にいわれたのが気に入らないのだろう。
普段は極力、単語すら出そうとはせず、ひたすらただの補佐役を
勤めている。
エンドのそんな態度に、当然ティラレルは気づいていた。
虫の居所が悪いエンドは、触らないに限る。
「奴らが集まってきている以上、ほうっておくわけにはいかない」
それをよくわかっている彼はただ静かに話を
元の大筋へと戻した。
「ここは、エレジルタスラ。オランディニアルの王都。すなわち、
この俺が住む場所だということを
、深く理解してもらわないとな」
組んだ掌に力を入れた若き覇者は、
さかしい力に満ちた言霊を大気に震わせた。
常のものには出しえない、簡単にあたりをひとつへ束ねることも
可能な、その堂に入った態度。
目の前で接しているのが誰なのかを、このたびにいつもセシルは
思い直すことになる。
この人は、王なのだと。
自分の国を束ねるトップなのだと。
自然と思わせるその自信と才知がみなぎった瞳をセシルはただ、見つめた。
おそらくルードやエンドも同じ気持ちなのだろう。
ピタリとも動かなくなった彼らの気配を感じながらも、それに気を
やる余裕も無い。
下手したら、自分もティラレルの気に飲み込まれてしまいそうで。
張り詰めたその空気を、意図して作ったのかはわからない。
が、ティラレルはひとつ頷き、そっと言の葉を声にのせた。
「今は特に何をしてもらおうとか、
明確な指示はもっていない。
そのうちまた、呼び出すからな。エンド、おまえもだ。
残りの騎士団長は、任務で帰還次第、俺がじきじきに呼び寄せる。
それまでは、わかっているとは思うが、誰にも口外するなよ?」
誰もそんなことはしないとわかっていての最後の警告は、
先ほどよりも軽い口調だ。
すこしばかり場の空気が緩んだのを感じながら、
セシルは口の端をきゅっと引き締めた。
「御意」
「仰せのままに」
ソファに据わりながらも、すっと黙礼して顔を上げれば、
感心した様子のティラレルと目が合ってしまった。
彼は口元をほころばせ、しげしげとセシルとルードを眺めている。
「しっかし、おまえ達もなかなか様になってきたな。
団長になってから、もう何年たったか?日がたつのはあっというまだなぁ」
そこまで興味深そうに見ないでほしい。
心なしか楽しそうに響く陛下の声を聞きながら、
セシルは困ったようにひとつ微笑んだ。
苦笑をその顔にたたえ、ルードも居心地が悪そうに少し身じろぎをして
目を伏せた。
「まぁ、それなりには」
「俺らも一応、学習能力がありますんで」
ルードの控えめなその言葉尻をとらえるように、セシルも会話に入っていく。
二人らしいその返答に、ハハハと小気味よい笑い声が若き王から漏れる。
晴れ渡った空のようなそれに、気づけば自分達もつられて笑っていた。
面会の
扉が再び閉まった先に待ち受けていたものは、
すでにたまりつつある仕事の処理だった。
たった数十分あけただけだというのにこの様かと、ティラレルは
くしゃくしゃと髪をかきあげた。
面倒くさそうに息を吐き、それでも彼はきちんとペンを握り締めて
書類へと視線を走らせる。
国を動かしているのは、自分だという自負がある。
ここで自分が少しでも気を抜けば、国が大きく左右するだろう。
そのことをわかっているからこそ、やめるわけにはいかないのだ。
すらすらとサインをえがくペン先を眺めながら、
彼は少しばかり息を吐いた。
やらなければならないことはいろいろとあるが、
それでもまだ就任したころに比べればかなり安定したこの国の処理は
簡単だった。
昔にすこしだけ思いをはせて、彼は不意に顔をしかめた。
自分の過去とともに、彼らの過去をも、同時に思い出してしまう。
それだけ王と団長は親密な距離だし、なおかつ気が合う部下だ。
ともに国の動向を見てきたということは、過去を共有しているも同然だった。
「あいつには、酷いことをさせたな」
呟きが、紙面の上を滑り落ちた。
忘れるわけにはいかない、あの事件。
鎮圧に向かったセシルの、団長としての初任務。
なんでもないさと笑うにも笑えずにいた、彼の痛々しい
姿を、ティラレルはよくよく覚えていた。
色を失った顔で、血をぬぐうことすら
せず立ち尽くす彼へ、近づくことすらためらった。
残酷な、ことをさせたと。
命じた
あの時ですら
すでに抱いていた思いが、
彼を見てさらに深みを増して跳ね返ってきた。
あれから、何年たつのだろうか。
「本当に、早い」
しみじみとした彼の言葉は、味気ない資料の束をしり目に、
窓の外へとすり抜けていった。
「なんですって…!?」
しずやかな神殿のとある部屋。
のんびりとした空気が流れた空間の中で、
その部屋の中だけが、どこか緊張感に満ちていた。
悲鳴に近い自分の声を、
目の前の父は行儀が悪いと顔をしかめるが、
いまはそんなことはどうでもよいと思えた。
シリアの叫びに、アガルスはというと、極端なくらいに落ち着き払って
答える。
彼専用の執務机に両肘を突き、彼は二人の我が子をしっかりと見据えた。
「だから、レールンがオランディニアルに続々集まってきている」
聞き間違いではないその言葉に、
シリアは頭を殴られたようなショックを受けた。
レールンが、いまひとつの地へと集合しようとしている。
それが負の予兆と考えずして、なにを負と呼べばいいのだろう。
「ついさっき、オランディニアルのナプチェル達から連絡があった」
ナプチェルは、オランディニアルの王都近くの神殿にいる、
シリアたちの同胞だ。
チュリアヌの命ののち、それぞれの落ち着く場所へと
腰をすえ、何百年とたっていようが、
彼らの絆は消えてはいない。
つかさどるものが違えど、カリアナである。
彼らからの情報は、いっぺんの疑いもないとみてよかった。
(なんてことなの・・・)
考えの結末は、たとえ甘くみたとしても、全てが悪いものしか浮かばない。
青ざめるシリアの肩を、そっと後ろから誰かが支えた。
振り返れば、先ほどと同じ、兄のそれ。
安心させるように微かに微笑んでみせるシルアに、彼女はただ
苦笑してみせた。
同時に握り締めた掌にあたる、硬質な石盤のようなそれに、
数十分前の出来事を思い出す。
掌に綺麗に乗る程度のひし形のその石盤は、ツゥルスがくれたものだった。
こんどから呼び出すときのためにと、わざわざシリアに彼が手渡した。
そのまま姿を消した彼をあとに、シリアたちはことの報告をしに
父を訪れたのだ。
それなのに、別の問題が浮上してきている。
話すにつれて渋くなっていた父は、きっとやっかいなことがたびたび重なると
思っていたのだろう。
相手がレールンと聖賢者だなんて、両極端もいいところの
どちらも最上級の問題だった。
遙か昔より、カリアナとレールンの仲は決してよいものではない。
歴史は繰り返すという名の通り、何度も何度も
戦を交えてはくすぶったままで終わるという関係だといえば
、わかるであろうか。
先の戦は、約100年ほどまえ。
通例と同じく、勝ち負けなど決まらずに終わっている。
それ以来、接触らしい接触が無かったのは
事実なのだ。
(もっと、もっと早く気がつけば…!)
こちらとしても相手側の動向を頭に入れて常に何かしら行動をとっていた
つもりだった。
裏を書かれたとしか思えない、不吉な情報の真相。
(何の目的で、奴らが集まるか…)
自問しながらも、答えは見えたようなものだった。
人の中傷の声すら気にしない彼らが、やたら構い憎む相手。
それは自分達だということを、シリアは正確に理解している。
「父さん、ナプチェルの者達をここへ呼ぼう」
めまいが起こりそうな
気まずい沈黙を打ち破った兄の言葉は、また痛いくらい
不可思議なものだった。
「シルア!?」
いったい何をしようというのか。
シルアの思いを推し量れる術も無くただ戸惑う自分に
彼は少しめをやって、すっとアガルスへと視線をすえた。
「あちらさんが集まっているときに、こちらもカリアナの集団をかき集める
ということか?」
静かにたずねてくるカリアナの長の言葉に、シルアは少し目を伏せた。
長いまつげが、彼の瞳の表情を上手に隠しているようで、
シリアはなぜか子供のようにわめき散らしたい気分になった。
(そんなの、レールンと同じやりくちになっちゃうじゃないの!)
シリアはたまらなくなって、兄をきつく睨んだ。
「シリア、まず僕の話を聞いて。睨む前に」
落ち着いたシルアの言葉。
驚いて兄を見直せば、
シルアのいつもどおりの顔がそこにあった。
「カリアナ全員を動かすことは、まず無理だよ。
レールンのように闇にまぎれて生活をしているわけじゃないんだ、僕達は」
それにといったきり、
少し間をおいて瞬く
シルアは、注意深く言葉を選んでいるように見えた。
「彼らの真の目的がわからないかぎり、僕達は動いてはいけない。集っても
いけないよ」
父の執務机の縁にもたれるように手を置いて、
ひょいとそのまま彼の机の上に座る。
礼儀を事欠かない彼にしてはありえない行動に、シリアは驚いて
身を揺らす。
何もできずにぼうとしていれば、兄の苦笑と父の笑い声が彼女のもとに
五感をつれてやってきた。
「ね、シリア。今の僕みたいに、奴らも君が思ってもいないような
動きを見せるかもしれない。枠どおりにはまった考えは、危険だな」
まだ何もいえずにいれば、シルアは優しい笑みとともに、そっと机を
降りた。
「だから、ここにカリアナを集結させるという案を、
とりあえず今のところは出すわけがないということ。だから、安心して」
ポンポンと撫でられる頭をされるがままに、シリアはただコクンと頷くしかなかった。
「父さん、ただ僕は彼らの口から確かめたいことがあるだけなんだ」
間違った情報の誤差は、今回とくにあってはいけないことだから。
目線だけで付け加えられた響きの無い意志に、アガルスはただ
考慮しようといっただけだった。
曖昧なその言い方とは裏腹に、アガルスの顔は晴れ晴れとしている。
不安そうな顔をするシリアと
対照的に、何かを確信しているシルア。
そんな二人の我が子
に向かい、カリアナの長は笑って声をかけた。
「シルア。おまえの案なのだから、おまえには責任を負ってもらうぞ。
ナプチェルの者との交信、説得はおまえにまかせる。それから
シリア。移転の間のカスラーに、再度念入りに陣に怠りが無いか
調べろと伝えてくれ。
」
許可したと同然のその言葉の意味に、
シリアは驚く。
が、すぐにうんと叫んで飛び出した。
「もうすぐだね」
クスクスと誰かが笑っている。
「ああ、もうすぐだ。我らの戦いはもう始まっている」
順調に、こまをすすめる。
それだけに、全ての力を注ぐがいい。
まったく、道を整備するとは暇がないものだ。
こちらの考えを読み取ったかのよう、
朱色の髪の青年はぎゅっと拳を作り、思いがにじむ言葉を吐き出した。
「いらぬ雑草は…刈らねばな」
リューロのまわりで笑い声が起こる。
そう、刈らねばならぬのだ。
我らの栄光のために。
ひいては…あの子のために。
〜一章、完結〜
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