ファンタシア13




オレンジに染まった日の光すら、吸い込まれて消えていく。
夜と夕の境にあたる時間において、セシルの執務室は誰も腰をあげることをしない。
それぞれの書類はもうだいぶ落ち着いてはいたが、それでもあまりあるその量に 騎士二人は深い息をもう一度、吐いた。
本来、外へでてこそ自分の力が発揮できる。
あたりまえだろう、二人は剣士なのだから。
そんなこちら側の心境に気づいているのか、いないのか。
エンドがようやっと口を開いた。
望んでいた、その言葉を。
「今日は、そろそろおひらきにしましょうか」
ニッコリと笑顔でおつかれさまですと労う補佐官のその言葉に、 肩の力がようやっと抜けていった。
「疲れた…」
かわりにとばかりにのしかかる、疲労感と達成感に セシルはかすれた声をあげる。
声にこそ出さないものの、視界の端に移る仲間もまた、すこしばかり 開放感に染まっているようだった。
どんだけほどけた表情をしていたのかは自分ではわからないが、 エンドがクスクスと笑っているところからよっぽど表に出ているのだろう。
気心の知れた感覚をもってして、セシルは彼をチロリと見やるだけに治めた。
彼の肩越しに見える書類の山は、おそらく明日の分だろう。
うんざりとしながらも、せめて今は何も考えまいと頭の隅からそれらすべてを追いやった。
「あ、そうだ」
追いやりの途中に思い出した疑問点いくつかを、そのままエンドに指定した。
「わかりました、書類をリサーチかけてみます」
さらさらと用件を書き綴っていく彼を見やって、セシルは再び口を開いた。
「あともう一つ詳しく知りたいことがあって。…あぁ、これ」
ページをそのままにしてあったその紙大半を覆う模様。
先ほどセシルが見つけた、ビグザルツの関連資料だった。
模様を一瞥して、エンドは小さくあぁと呟いた。
「これが、なにか?ビグザルツ、ですよね?」
神殿育ちのエンドなら知っているだろうとは踏んではいたが、予想通りの反応が少しだけ おもしろくなかった。
「あぁ、もっと詳しく知りたい」
口早にそういえば、彼はもうそれ以上追及しない。
わかりましたとだけ答え、用件をまとめたメモを自らのポケットに押しやっていた。
「あぁ、もうこんな時間になってしまいましたね」
ふと視線をあげたエンドの声に応じるように、セシルもまた窓を仰ぎ見た。
夕日など当の昔に沈んでしまったかのようなディープブルー。
まだ深みを見せてはいない闇の色を見やり、彼はのろのろと立ち上がった。
なんとはなしに、窓辺に寄りかかって外を眺める。
丘の上に位置するこの施設からは、王都の様子がつぶさにみやることができた。
いまだ薄暗い世界。
下を見やれば、誰もいなくなった敷地内の緑が風にそよいで右へ左へとゆれていた。
すぐ傍で、エンドとルードが夕飯がどうのと会話を始めていたが、 到底口を出そうとは思わなかった。
どうせまたおごるのは自分なのだ。
いらぬ喧騒を巻き起こすより、窓の外へと思いをはせることのほうが 時には重要だと思うのだ。
留め金を指先ではずし、そのまま窓を押し広げる。
すっかり青から群青めいた闇夜へと変貌をとげた世界から、 ザワザワと風が室内へと一気に入り込んできた。
風の音と、草の香り。
体で感じるそれらをほほえましく思いながらも、 セシルは両手を天へと伸ばす。
「静かな夜だな」
「ああ」
いつの間に傍へきていたのだろうか、外の世界を眺めながらのルードのささやきに セシルは静かに返した。
本当に静かな夜だ。
月影すら浮かばぬ夜の空を眺めれば、星がきらきらと輝きを―
「ん?」
「セシル様?」
言外にどうしたのだとたずねられ、セシルはもう一度空を見やる。
「いや。…今なんか光らなかったか?」
「星、だろう?」
「…違う、だろう?星はあんな大きくない・・・」
見極めようと自分より数メートル上の宙へと視線をやる。
消えてしまったかと思ったそれが、タイミングよくもう一度淡く輝いた。
星よりも、大きい。
というよりも、星はあんな変則的な輝きを示すのだろうか。
「下がってください!!」
一気に這い上がってきた警戒心をさらにあおるように、 険しく張り詰めたエンドの声が彼らの背を包む。
驚きながらも日ごろの鍛錬とは身をもってついてくるようで、 俊敏に一メートルほど飛び退った二人の場所を陣取るように エンドが窓辺へと割り込んだ。
短く呪文を唱えた彼が、両手を思い切りよく突き上げるまでの時間といえば一秒にも満たなくて。
たちどころに広がっていくエンドの魔力が、その力を現すかのように新緑の色を伴って 眩く光る。
大きな音とともに周りに炎のように高くくすぶるそれを、彼は 突き上げた両の掌から惜しげもなく一気に放った。
空気のうねる音とともに翡翠の光は奔流し、青白いものを瞬時に吹き飛ばしてしまう。
「…っ」
多量な光で瞬間白映えした夜の静寂を眺め、エンドは厳しい表情を崩さない。
そのまま視線をすいと上へあげ、低く唸った。
「覗き見なんて、不謹慎にも程があるでしょう」
空間へと投げ出されたいらだちのこもったその声は、宙を大きく歪ませる。
「へぇ、さすがだね」
「お、まえ…っ!」
撓んだ声とともにふいと闇から浮かび上がったもの。
美しきまやかしのような、アクアカラーの髪が風をうけてふわりとたなびいた。
「イグルイース」
鋭いルードの声に呼応するように、青の不思議な瞳はユラリと光る。
獲物を見定めるかのような狡猾な瞳が、三人をとらえている。 それることはない青の眼差しは、人から平静を取り上げていく
「おや、僕の名前を覚えてくれているとは光栄ですね」
ニコリと故意に微笑んだそれは、嘲笑なのか挑発なのか。
判断しかねると内心思いながら、セシルはちらりと目前にたたずむ補佐官を見やった。
彼の心情がその細長い背越しに透けて見えるかのようだ。
静かに牽制をするそういったエンドの態度に、なにを思ったのだろうか。
ついと視線をエンド一人へと絞りこみ、イグルは目を細めて笑った。
「エンド・・さんといいましたっけ?はじめまして。そんなに威嚇しなくてもいいじゃないですか」
「あなたの…目的など、目に見えています。わかりきったものを前に、油断するほど あいにくと私は愚かではないつもりなので」
辛らつなエンドの口調は、かつてセシルが聞いたこともないそれで。
彼の警戒と緊張までもが同時に伝わってきたかのようで、セシルは静かに隣のルードと 敵の位置距離を確認しあった。
それを気配の動きだけで、察したのだろう。
「セシル様、ルード様。お下がりください」
釘をさしたのは、意外にもエンドその人だった。
「おい…」
「ご心配なさらず。…この方の今回の目的はあなた方じゃない…。私です」
そうですよね?という問いかけに、イグルは目を丸くして口笛を吹いた。
馬鹿にしたようなその仕草にも、エンドはやりすごすということを知っていた。
つかの間の静寂を覆したのは、クスクスとした子供のような笑い声だった。

無言でやり通した彼を見下げ、イグルはいやみすらいえぬほど朗らかに 笑んでいた。
「聡明な方は、大好きですよ。話がとても早くつく」
キラリと光った瞳の下で、少年の笑みは深くなる。
「何を…」
うわごとのように漏れたあとの唇を、セシルはぎゅっとかみ締めた。
「おまえ、まさか!」
セシルはもとより、ルードだって愚かでも鈍くでもない。
しっかりと意味をはかったうえでの彼らの態度がさもおかしいとばかりにイグルは肩をゆすらせ 笑ってみせた。
視線はそのままに華やか笑顔を咲かせる彼の美しさは、夜の闇にまぎれて恐ろしくも 奇妙だ。
宙に浮かぶ人を引き摺り下ろす方法など、あいにくとセシルの経験という名の辞書には のってはいない。
かといって、エンドをこのまま窓辺におくということはさせなかった。
イグルの目的は、痛いほどに単純だ。
「あぁ、何歩退こうが結果は一緒。無駄な行為ですよ」
笑いを収めたイグルの動きは、俊敏だった。
さっと片手を差し上げ、小さく呟かれた言霊。
それで、彼の準備は整っているのだ。
エンドなみの魔術発動準備の早さに、セシルは舌打ちたいほどの 焦りを覚える。
実際に、エンドが魔術を扱うすべをかつて何度も見ていたからわかる。
イグルは、強い。
「エンドさん。永久にさようなら」
透き通ったその声は、残忍なほどに夜の大気を震わせて。
それすらをかき消すほどの大きくまぶしい青の光が、 エンドに向かって炸裂した。




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