ファンタシア2
タルミアの丘は、王都の南部に
位置する小高い丘である。
見渡せば栄と共に広がる街並みと
ほぼ真正面に見える誇り高き王城をそっくり綺麗に見渡す事ができる。
そういったわけで、執務室の窓辺からは今日も美しい夕日が稜線と溶けていく様が良く見れた。
それをぼんやりと眺めながら、セシルはふぅと息を吐く。
山のように積まれていた書類の山も残るところ後わずかになった今、彼の仕事も終わりに近づいている。
それは嬉しい事に違いない。
なのにどこまでもこの男の顔が冴えないのは、一重に目前に広がる光景のせいだろう。
「おまえら。さっきから何してる」
ふるふると羽ペンを怒りで震わせ、あいた片手の人差し指は
ビシリと目前でどうどうと茶をすする人物に向けられている。
「セシル様を見張っているに決まってるでしょう」
すぐ後ろから返ってきた彼の声は、あふれんばかりの自信で輝いていた。
何を今更とばかりにいわれては、こちらはもう何も言えない。
逃亡に失敗した時点で、本日の勝者は情け無いことにエンドだ。
騎士団長補佐の監視の目をごまかすように、ひきつった笑みをのせてから、
彼はそのぶんけんのある声を"問題の彼"に向ける。
いまだセシルの左腕は彼にむけられたまま微動だにしない。
「問題はおまえだ、ルード!」
セシルは我慢ならんとばかりに、すずしげに足を組んで茶をすすり続ける同胞をにらみつけた。
「おまえ、自分の仕事しろよ。仮にも俺と同じで騎士団長だろうが!」
「俺は、誰かさんが逃げようと企んでいる間に自分の責務はこなしたぞ」
すらりとした細長い足を組みなおし、ルードはチラリと仲間を見やる。
「よって、俺はこうして堂々とあまった時間を有効に過す事ができる」
「…そうかよ」
自棄ともとれるそのぶっきらぼうな呟きに、彼の旧知の友は口元だけで笑ってみせる。
ほぼ毎日繰り返されるその光景はいつ見ても滑稽で、これで笑うなというほうが無理なのだ。
クスクスと笑うエンドを渋い目でみやるセシルは、もはや上司の威厳などどこにもない。
さっさと仕事を終わらせて帰ればいいという事実に気付き、
彼は再び書類にペンを走らせる道をとるのだった。
これも、いつものことである。
「…そういえば、ルード」
ようやっと一日の仕事を終えた達成感というよりは、やるせない疲労に襲われるのはなぜだろう。
補佐によって運ばれてくるお茶を眺めながら、セシルはポソリと呟いた。
「おまえ、さっき何処行ってたんだ?」
んーと腕を上げながらそういえば、
ポキポキと小気味よく骨がなる音が聞こえる。
「キラマイア伯爵のところだ」
「げ」
返ってきたその言葉におもわず本音をだせば、ルードは肩をすぼめて
「近々おまえも呼ばれるだろうよ」と苦い一言をくれる。
空になったお茶のおかわりを頼みながら、素っ気無く投げ出されたそれは
嫌なもの以外なにものでもない。
「ってことは、伯爵邸に行って来たのか?」
王都郊外にある見るも無残な成金館を思い出すだけで吐き気がしそうだ。
「安心しろ、王城の執務室だ」
「あー‥いくらかましだな」
差し出されたお茶を大きく一口すすれば、喉元が気持ちよさそうに上下に動いた。
「それにしても、なぁ‥」
「なんだ?」
「いやぁ、たださ‥。最近、"お貴族さま”がやたらと慌ただしいなと思って」
実際彼らは普段騎士団とのかかわりを極度にさける。
「あの連中のことだ。またこそこそ影で何か企てているのかもな」
「それって、2年前のシンシアル伯爵様の事件のことですか?」
ルードのティーカップに新しくお茶を入れながら、エンドは眉をひそめた。
その言葉に、思わずセシルは息を吐いた。
(そういや、あったな…)
シンシアル伯爵事件。
別名・水面のクレーターである。
それほどに、それは突然だった。
静かな水面が急に揺れ動くかのように突然の大きな衝撃。
シンシアル伯爵率いる反国王軍なるものが出現し、あっというまに
王都はつかの間の戦場とかした。
ある日突然唐突に現れ、あっという間に
国王自慢の騎士団に取り押さえられたのである。
「シンシアル伯爵様は、あのあと処刑されたのですよね」
誰によって、とはいうまでもない。国王お達しのこの騎士団にだ。
「もっともシンシアル伯爵は国民重視派のお人だったから、処刑決定の際、国民からの反対の声も多かったがな」
確かめるようなその補佐の言葉に、ルードは興味なさそうな声で的確に答える。
「…確か」
セシルは夕日が射し込む窓を見つめながら呟く。
「確か、キラマイアて、あの事件で出世したんだよな」
なぜだろう、胸元がざわざわする。
おもわず険しくなる口調にさして気にもせず、エンドはのんびりと答えた。
「え?そうでしたか?」
「ああ、そうだな」
気楽なエンドとは対照的に、ルードの返事は重々しい。
それほど彼はセシルの様子をわかってくれている。
嫌なことはおこらなければいいと思う、だけど今まで自分のこの感覚が
鈍った事など一度もないのだ。
明らかに先程とは違う雰囲気に、何かを察したのだろう。
エンドは不意にぐっと押し黙った。
黙々とティーセットを隅へと押しやっていく様を目の端に入れて、
セシルはルードに視線を絞る。
予感とはまた違う、この胸騒ぎを説明するのは難しい。
だけどこの気持ちを言葉にするのならば。
「ルード。嫌な予感がする。キラマイアって確か、陛下とこのごろ衝突ばかりしてるよな?」
「ああ。貴族がもっと楽できるようにするための、馬鹿げた政策が原因だな。キラマイア伯爵は、国民から今の二倍の国民税を払わすべきだと主張している。だが、陛下から相手にされずに、近頃荒れ気味だ」
「今の二倍!国民を何だと思ってるんでしょうね!」
憤慨したエンドはおぉ神よと苦痛の顔でうめく。
「どうせ自分の僕かなにかとしか見て無いぜ」
言葉と共にくっと漏れたセシルの笑みは、冷たい侮蔑が混じったそれ以外の
何者でもない。
「国民に食わせてもらってるから、あんなに威張っていられるんじゃないかよ」
どれだけ、犠牲になった国民がいると思っているのだろうか。
事実、貴族の高慢な気まぐれにどれだけ人生をぼうに振った人々を
見てきたか。数えればしゃれにならないほどのその数に、セシルは
頭がキンと疼く。
「ったく、腹の立つ」
正直、反吐が出そうだ。
そして何より"腹が立つ"のはイライラすることしかできない自分。
(だめだ、気を沈ませたい)
はぁと小さく息を吐いて、彼の視線は迷うことなく壁際のそれに吸い込まれていく。
長年使い込んだそれをもって、発散でもしようではないか。
セシルは椅子から立ち上がり、壁に掛けてある自分の剣を取った。
常のそれよりも細長い刀はサーベルのようだが、その実どっしりとした重みがある。
「セシル様‥?」
いきなり立ち上がったセシルにエンドが顔をしかめた。
まるで苦虫をかむつぶしたような顔だ。
無理も無いかもしれない、エンドは彼が刀を手に取るときの行動パターンをすでに知っていた。
「エンド。ちょっと出かけてくる」
「だめです」
やっぱりと小さく呟き、エンドは静かにセシルを嗜める。
「もう書類も書き終わっているだろう?」
ほらほらと書類を誇示する大人気ない彼の仕草を綺麗に
流して、エンドはこほんと一つ咳払いをする。
「今夜は数日前から予定が入っていますので」
分かっているでしょうと訴えるその視線をさけるように、
セシルはうろうろと考える。が、やがてあきらめたように
息を吐いてエンドをみやった。
「…お忘れになられたのですか?」
エンドの眉がピクリと上がる。
むりやり角度をあげられた微笑みが恐ろしくて
しかたがない。
「さっぱり…ごめん」
あがっていた眉が
徐々に下方へと
さがっていく従者の表情に、さすがにすまなそうに答える。
綺麗なハニーブラウンの髪を掻き揚げて、エンドはじとりとねめつけた。
「今夜は!例のキラマイア伯爵様の主催なさる舞踏会に招待されていらっしゃったでしょうが。もう舞踏会始まってますよ。セシル様とルード様お二人もおはやく準備を…。セシル様、何処に行かれるんですか?まさか、サボろうなんて」
「思っているとも」
セシルはすたすたと扉の方へ向かう。
「舞踏会なんて、貴族だけが出ればいい。俺みたいな武人には関係ない」
「ですが!」
弱り果てるエンドを尻目にセシルはドアノブにてをかける。
思い切り回そうとしたそれが、自動的に動いたとき、さすがにセシルは驚いた顔をして一歩あとじさった。
勢いよく開けられた扉の向こうから、なじみの部下の顔があわただしく覗き、セシルをみとめるなりほっとした顔で歩み寄ってきた。
「団長、したくはできましたか」
どしりとしたその声がなす言葉の意味に、セシルは眉を寄せる。
こころえた様子で彼の部下はダイレクトな物言いに切り替えた。
「キラマイア伯爵から、使者が迎えに来てます」
「……は?」
「団長達がくるのが遅いから迎えにきたと」
わざわざ騎士ごときに使者をだす貴族。
そこまで舞踏会を自慢にしたいのかと、
セシルは立ち込める眩暈をじっとこらえた。
「‥どうやら逃げることは出来ないみたいだな」
ため息をつきならのルードの言葉が、むなしくセシルの頭の中を駆け巡っていった。
「遅いではないか、セシル殿、ルード殿」
巨大なホールに入るなり、
するどく嗜める声がセシル達を迎えた。
きらびやかなホールに似合わぬ、壮年の男。
貴族らしからぬ屈強な身体を持ち合わせているというのに
どっかやぼったい印象を受けるキラマイアは、その
性格を如実に現す高慢なカタチの唇をはきはきと動かした。
「‥ご招待有り難うございます、キラマイア伯爵殿。遅くなってすみません」
淡々とした口調の挨拶は、ルードならではといったところか。
感情に乏しいそれであっても、決してマイナスのイメージにならないのが
彼の彼たるゆえんのような気までしてくる。
「ルード殿は先程まで一緒だったからな。そこまで堅苦しくしなくても結構だ。ゆっくりしていってくれたまえ。‥さて、セシル殿。久方ぶりですな。この前お会いしたのはいつだったかな?」
「…半年前です。伯爵殿」
顎をさすり考えるキラマイア伯爵に、珍しく親切に教えてやる。
「おお、そうだ。君が遠征から帰ってきたときに、会ったんだったな。またまた一段と男前になったなぁ」
わらえないお世辞にセシルは引きつりながらも何とか、感情を消すことに成功した
「‥恐れ入ります」
「君もゆっくりしていきたまえ。‥さて。私はこの辺でひとまず。まだつもる話もあるからまだ帰らないでくれたまえよ!!」
最後はやや命令口調で、キラマイア伯爵は慌ただしく次のグループの輪に挨拶をしに行った。
「‥セシル」
「なんだ」
ワインを片手にルードは軽いため息をつく。
これは彼があきれたときにする癖だ。
「お世辞で良いから、にこりと笑ってみたらどうなんだ?」
「おまえこそ」
「俺はこれが自顔だからな」
漆黒の髪を掻き上げさらりと言う。
「だけどおまえは違うだろ」
「…俺がここで愛想振る舞ったってしょうがないだろう」
「まあ、そうだけどな」
ふっと息をもらし重々しく呟く。
「なあ、ルード」
セシルは目の前の豪奢な世界を無表情で見つめた。
人の成す隠匿な囁き。
のびやかなワルツの曲とともに、ゆらりゆらり。
ゆれて、ゆれて・・・。
全てが、見えない水の向こう。
文字通り、すくってみても実にもならない。
「何で、俺達がこんなところにわざわざ出向かなければならないんだよ」
『こんなところ』を強調した。
「わざわざご丁寧に使者が迎えに来たからだろ」
「そう、それだよ」
セシルはちょうど遠巻きにいるキラマイア伯爵を睨む。
「何故。騎士の身である俺達を、わざわざ迎えに来る?自慢ならあとでだってできたろ」
「…それなりの代償は覚悟しとかないとな」
「代償‥ねぇ」
セシルは軽蔑しきった声で呟いた後、歩き始める。
「ルード。伯爵が来たら言っておいてくれ。俺は」
「"ご自慢の庭"を散策中‥。だろ?」
「ご名答」
ルードの言葉にニヤッと笑う。
が、すぐにその表情を消し去って、セシルは背を向けて歩き出した。
迷うことなく裏口へとサロンの端をつっきっていく仲間をみやり、ルードは一つ息を吐く。
「‥久々のご乱心だな」
やけに真剣な口調のつぶやきを残し、自分が取り残されたホールを意味もなく眺めた。
回りの女性達の熱い羨望の視線に彼は全く気が付いていないのであった。
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