ファンタシア7




「それは‥妙ですね」
話し終えたあと、慎重に口を開いたエンドの第一声は それだった。
「妙?シリアの言っている事は偽りという意味でか?」
思わずうめくようにそういえば、エンドは微かに狼狽しながらも 声をつむいだ。
「ち、ちがいます。そのシリアという巫女の言ったことは真実なのでしょう。… 信じがたい事実ではありますが。だけど、彼女はカリアナです。カリアナは一族のプライドに関わることには嘘をつきません」
それだけ、誇り高い一族なのだというエンドの声を聞きながら、 セシルは黙って紅茶を手に取る。
もうすっかりぬるくなってしまったそれは、 すっかり長引いてしまった昨夜の出来事の話時間を意味する。
心なしか乾いた喉を癒すがごとく、大きく喉を上下させて あまった紅茶全てを飲み込んだ。
「ただ、妙というのは‥。その、彼女の双子の兄だというシルアのことで‥」
口ごもるように続いたその言葉に、セシルの手はぴたりと止まる。
カップを早々に机におき、まじまじとエンドを見やった。
「シルアを知っているのか?」
「…ええ」
一寸遅れはしたが、 はっきりとした肯定の言葉に、今度こそ セシルは目を丸くした。
「ほう、世界とはかくもせまいものだな」
小さく驚きを表しながらあいのてをいれるルードをちらりと 目だけで黙らせて、セシルは食い入るようにエンドを見た。
「何処であったんだ!?」
セシルの問いつめにやや戸惑いながらエンドが口をひらく。
「あのですね。私が小さい頃から神殿に住んでいたのは、お二人ともご存じですよね」
無言で二人はうなずく。
「シルアは数年前に、ラケスル・カナルからの使者としてオランディニアルへ来たことがあるんです。そのときに私も少しだけ会話を交わしたことが・・」
「エンド。おまえはシルアにあってどう思った?」
静かに問いただしたのは、意外なことにルードだった。
「どう思ったか…ですか?」
彼の言葉にまじめに思いをめぐらしながら、エンドはすっと目を細めた。
「そうですねえ、術者としても、神官としても、優秀な方だとは思いましたけど」
「・・シルアって術者なのか?」
術者という言葉がひっかかってたずねれば、エンドはええと頷いて見せた。
「あれは、大陸の中でもトップクラスですね。それほどの実力を持っていながら自分のことを媚びたりしないし、礼儀正しい。年は私より いくつか下ですが、それを感じさせない威厳と所作でしたね」
そう、あれを一言でいうのならば。
エンドは腕を組んで、小さく声を出した。
「完璧、な人かな」
その言葉が、意外なほどに夕暮れ時のこの部屋に響く。
「…完璧、ねぇ」
誰に言うまでもなく呟いたその声が、あまりにも冷たくなったのは 自分でも計算ミスだとセシルは思う。
驚いたエンドの顔をあまり見ないようにしながら、ため息をついた。
「‥シルアの本性がそれとも限らないさ」
「そう・・だな」
セシルは、ルードの言葉に軽くうなずいた。
「まあ、その件はまた考えることにしよう。それより、今から夕飯でも食べに行かないか?」
「え、ええ」
勤めて明るくだしたその言葉の意味。
もうこれ以上この話はなしだというメッセージを受け取り間違えるほど、 エンドもルードも無能ではない。
いまだ不可解な表情を残しながらも、もうそれ以上はなにも触れてこなかった。
ただ全ての自分の状況を知っているルードだけは別物で、 そういった空間を壊すかのようにニヤリと笑って見せた。
「おごってくれるとは、おまえもようやくオトナになったんだな」
「………おまえな」
セシルは涼しい顔でおごりを要求する友人を、呆れた面持ちで睨みあげた。
その眼差しに少しだけ、感謝の意を表しながら。


ラケスル・カナルとは、古代の言葉で『神の護る国』という意味なのだという。
由来の事象などはあやふやなものばかりが浮かび上がるが、 どれもこれも根底は神話のある一説から来ている。
最高神チュリアヌの目を留めた、神に忠実で、賢しい者達がいた。
素直に献身的な彼らを神は愛され、それぞれに似合った智慧を司る ことを決めたのだ。
それが、カリアナの起源である。
カリアナはそれぞれ各地にちり、ひっそりとであるが確実に、 彼らのなすべきことに力を注いだ。
神話には、そう記されている。
彼らを、神が見つけた場所。
それがラケスル・カナルだった。
シリアの一族の祖は、中でも一番愛された者なのだろう。
彼は、その地から離れず、宗教を司った。
今の神殿制度の礎を築いたのは、まぎれもなく彼女の一族である。
その証拠とばかりに、今現在本部がオランディニアルに移った今も、 彼女の神殿に必ず意見を求めてくる。
しかし、この神殿を守る一族がカリアナであると言うことは、神殿の関係者以外は誰にも教えられていないことであった。彼らはカリアナであるということを隠し通した。神に愛されし子の末裔の、知られざる秘話が一般の人々に漏れること恐れたためである。
知られざる秘話。それは、神のみが全てを知る物語。

通された部屋は、馴染みある場所。
緊張というものを強いられはしなかった。
大きな円卓の真向かいに座る男を視界にいれ、 シルアはすばやく戸を閉めると、そのまま男に向き直って ひとつ頭を下げた。
「呼ばれましたか、神殿長様」
「堅苦しい言葉はいらぬと、毎度言ってるはずだが?」
間をおかず跳ね返ってきた声の柔らかさに、ふと口の端をあげて シルアはそのまま男の傍に歩み寄る。
「そうはいっても、今は仕事中ですからね」
彼の苦笑を感じ取って、神殿の長はふんと鼻を鳴らした。
「それでも、お前が私の息子だということに、かわりはないな」
そうだろう?と目線でとわれ、シルアはただひとつ息を吐く。
それが息子の降参の証だと知っている父―アガルス―は、薄く笑って 座るように促した。
「で、僕を呼び出した理由とは?」
あっさりと砕けた口調になった息子を 満足そうにみやり、アガルス は机に手をさまよわせた。
骨ばったその指先が摘み上げたものに、 シルアは眉をひそめた。
「ずいぶん古いものだ…」
ところどころ虫食われたそれは、本というよりは ノートのようだと思った。
本にしては、ここまでぼろぼろになるまで整理をしないはずがない。
アガルスの"書庫で見つけた"というその言葉をきいて、シルアはそう思った。
書類の類はもちろん、微々たるものであったとしてもこの神殿はきちんと 整理を施されている。
昔も今もそれはかわることはないのだから。
「つい先日。書庫の最奥で見つかったものでな。書庫管理者が首をかしげて いる。書庫のリストにまったく記載されていないものらしい」
アガルスは机においたそれを指先でついと押す。
音もなくシルアの前でとまったそれを、シルアは注意深く持ち上げた。
それは本当に古ぼけた冊子で、 指先が触れるだけで形をなくして地へと消えていくのではないかと 思った。
先ほどよりも慎重に、シルアは表紙をめくる。
内容をよもうと走らせた視線は、驚いたような声とともに 父へと注がれた。
「これは‥」
思わず険しくなるその声に、アガルスはほうと唸った。
「わかるのか、おまえにも」
興味深さそうなその口調とは別に、 瞳は一層深刻な色を増す。
そんな父を見ながら、シルアは苦々しく口の端をあげた。
「わかるなというほうが、無理だ。…特に僕達の場合は」
今にも朽ちそうなその一冊の存在が、 今でもその形を保っているということ。
そしてそんな異質な存在が、今までどの書類管理者も 気づきはしなかったということ。
ノートを開いて、一瞬でわかってしまった。
「どうして、こんなものに…」
「こんなもにに、聖なる気配を感じるのか…だな」
思わず口篭ったシルアの先をさらりと言ってのけ、 アガルスはふぅと息を吐いた。
「シルア、シリアは今何をしている」
父のその問いの答えを頭の中で巡らせながら、 シルアはゆっくりと口をあけた。
「シリアは…今頃きっと休憩時間だから 、部屋か中庭沿いの廊下だな。そこにもいないのならば 多分、森に出てる」
よどみない言葉の流れに、アガルスは低く笑った。
「よーく知っていることだな」
からかいを多分に含んだその言葉にどうじるほど、 シルアも純朴ではない。
「それはもちろん。"僕の半身"だから」
皮肉なくらい美しく口の端をあげて応戦した。
それに対して返ってくるものといえば、決まっている。
呆れをたぶんに含んだ笑い。
なのに今回は、それすら堕ちてこなかった。
いぶかしむように父をみれば、鋭すぎる真面目な面でアガルスは息子を しっかりと捉えていた。
「しかし、わからんな」
いつになく張り詰めた空気が、二人の周りを徐々に包んでいく。
「なにが」
居心地の悪さに眉をひそめながら、シルアはそれでもとぼけてみせた。
それを見逃すほど、甘い男ではないことなど、息子の自分が一番よく知っている。
シルアの予想通り、アガルスは息子を視線で束縛したままの 表情だ。
「おまえのことだよ、シルア。おまえときたら、ここ数年あたりおかしいぞ。 あれほど仲のよい兄妹だっというのに、自分から距離を置く。なおかつ いやな使い方で"半身"というだろう?確かに前から使っていたが、 明らかに今のそれとは響きが違う」
言葉を選ばず率直に告げてくる言葉を 、目を細めることでシルアはかろうじて受け止めて見せた。
無言で所在無く微笑む息子に何を思ったのだろうか。
見据えたままだった瞳を一度伏せて、アガルスは濃い息を吐いた。
「おかしいとは思っていたが 、思春期に入ったからと推測ししばらく様子をみた。 だが、いまだかわらない。その上この前は、 私にあの子をあの塔に監禁するように命じろというし」
アガルスは腕をくんで大きくため息をつく。
着席している状態でほぼ同じ位置の目線をしっかりとあわせ、 アガルスは息子をじっと伺うように顎に手を置いた。
「シルア」
いつも陽気な父が時折静かに自分の名を呼ぶこのトーンは、シルアの苦手な ものだ。
なんだかんだといってカリアナという集団を束ね、神殿の長を務める男なのだ。
あたりに色濃く現れる威厳が、静かに自分を追い詰めてくるのを シルアはよくわかっていた。
実のところ、もうそろそろ"限界"だと思っていたのだ。
これ以上、一人で立ち回ればぼろが出る。
(これを機に話してもいいだろうか)
アガルスは信頼できる父であり、上司だ。
シルアはひとつ息を吐いて、ははと笑って見せた。
「父さん、動き出すんだ」
「何が?」
眉をひそめる父にあきらめたように笑って、 シルアは目の前の本をひとつ撫でた。
「動き出すんだよ、…主が。偉大なる最高神、チュリアヌ様がね」
微かに大気が揺らいだ。
それは父の驚愕を飲み込む音だったのか、 目の前の本が時折奏でるページの摩擦音か。
どちらともしれなかったが、それももう、どうでもよい。
シルアは目を閉じて思い出す。
"あの日"の高揚感。流した涙は嘘ではない。
だから"今度"こそ。
あの時と同じ、心の奥底から一気に体中を興奮で充足する それに身を任せ、シルアは話に精神を集中させた。



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