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トリッキーな君達へ 閑話(午後編)
時間は午後1時を過ぎた頃。 洋食が食べたいと茅ヶ崎がいったから、それならばおいしくて懐かしいお店を知っていると連れ出したのは確かに私だったと白状する。 車でここまで来たという茅ヶ崎の言葉に甘えて、歩くには少しばかり遠いお勧めのオムライスの店へと二人して連れ立った。 数年前から定石となったトロトロでフワフワのオムライスもあれば、昔定番のお子様ランチのようなオムライスまであって、どれもこれも美味しいのだとメニューを見せつけ力説すれば、何故かまた茅ヶ崎は笑っていたように思う。 笑われたことが府に落ちなくもなかったが、それでも頼んだそれに素直に賛辞をおくる茅ヶ崎をみていたら、こんどはこっちが楽しくなった。 あぁ、茅ヶ崎の食べ方やっぱり良いなぁ。こっちまで嬉しくなる食べっぷりで、それでいて粗野じゃないんだ。 そんなこんなで朝のように楽しい食事はあっという間で。 気がつけば「おいしかった」と言い合って茅ヶ崎の車に逆戻りしていた。 そう、連れ出したのは確かに私の言葉がきっかけで。 充実した時間をくれたのだから、文句を言える立場ではないことをじゅうじゅうに承知しているはずなのだが。 それでも私は、憮然とした表情をもとにもどすこともできずに、ひきつる口元をあらわに茅ヶ崎の腕を引っ張った。 運転中の茅ヶ崎は、突然ひっぱった私の行動に一つの動揺も示さず、今もまた危なげもなく車線変更をして、車を抜かしていく。 「どうしたんです」 前方に意識のほとんどをやったまま、茅ヶ崎はそれだけをいってほんの一瞬だけ視線をこちらへとやる。 その眼差しに含まれたからかいを見ていたら腹が立って、私は隠す事もなく機嫌の悪さを前面に押し出す事に決めた。 そうだ、こやつに遠慮することなんてないのだ。 「あのさ、私の家ってこんな遠かったかね」 「高速つかうほどには遠くはなかったと思いますけど」 しれっと答える茅ヶ崎を睨みつけ、私はやつの耳元で叫びたい衝動をおさえることができなかった。 「じゃあ、今どこへいこうとしてるんだ!高速なんかのっちゃって、というかここはどこ!?」 「羽丘さんの叫び声初めて聞いた。叫べるんですね?」 可愛いですよといいながら、屈託なく笑うやつの顔が忌々しい。 可愛いということ自体が、嫌味だろう。卑ひくつく口元をどうすることもできずに、私は乾いた笑みを差し出す。 それからはたと朝の光景を思い出して、もしやと疑わしげに茅ヶ崎を見上げた。 「さては、朝方の復讐だな!私が茅ヶ崎のこと弟みたいっていったから」 「は、おもしろい発想ですね。まぁ外れてはいないけど。それにしても俺、そんなに心せまくみえます?心外だな」 「その言い方が腹立つっていい加減気づいてくれたら嬉しいんだが?」 「手厳しいなぁ、羽丘さんは」 無愛想な顔でいってのけても、茅ヶ崎はからからと笑ったままだ。 こやつはこたえるという言葉を知らないのだろうか。 全身から力が抜け落ちる感覚を覚えながら、私はとりあえず話をすすめることを優先した。 「で、食事も終わったのに私達はどこに向かってる?」 「食後にちょっと散歩しましょうっていったら、それいいねって言ったのは羽丘さんでしょ」 「でも」 「ここまで遠いとは考えてなかった?」 図星、である。 何もいえなくなった私をみて、茅ヶ崎は小気味いいくらいに笑った。 面白くない。 何が一番面白くないといえば、ここ数時間で茅ヶ崎と私の間の会話が砕けたものになりつつあるということ。 茅ヶ崎君というように気をつけていたのに、いまやするりと呼び捨てで。 口調だって、会社の時のように普段よりも他人行儀な話し方をやつにしてきたはずなのに、友達にたいするそれともはやもう何の代わりもなかったりする。 やばいなと思う。 何故ならどんな理由があれどもあろうことかその事実を奴も私もうけいれているからだ。 些細どころか、大きな問題であるように思えるのは私だけだろうか? ほんの少しでも、一度懐に入れることを認めた人間に容易く冷たくする事は難しいと思う。 それをわかっているのかいないのか、茅ヶ崎はさっきからご機嫌な様子で運転を続けている。 その姿はやっぱり、会社でみなれた奴とは違って見えて私は慌てて視線をそらした。 平日の茅ヶ崎はいつもちょっと堅めなスーツを着こなしていたはずだが、今はほんとうにそこらへんにいる若者だ。 人肌になじんだ様子のジーンズは、もしかしたらヴィンテージとかいう奴だろうか。 男性のファッションのことはさっぱりわからないからなんともいえないが、着ている青のT-Shirtも茅ヶ崎によく似合っていた。 調子が狂う。なんだか全然知らない男性が隣に座っているみたいだ。 車内にかかる軽快な調子のJ-POPも、なんだか私が想像する奴らしくなくて奇妙な感じがする。 「意外だ、茅ヶ崎もこういうの聞くんだ」 自分の意識を外へおいやるためだと念じて、私は茅ヶ崎にそう話しかけた。 「え?」 「だってこれ、今はやりのバンドのじゃなかったっけ?こういうの聞かなさそうなイメージなのに」 正直に思ったままを話したというのに、それに対してやつはこしゃくにも笑って返した。 「イメージ、ねぇ。俺どんな風に見えてるんですか」 「そうだな…クラシックとかジャズ聴いてそう」 「クラシック。残念ながら詳しくないですよ、全然」 笑って言いながら、やつは車の速度をおとしにかかっていた。 料金所をおりてからそんなに時間は経ってない。 公園らしき駐車場に入った車は、空きのスペースを探し始めていた。 ここは一体どこなんだ。 キョロキョロと辺りを見渡す私にあわすように、車は徐々にスピードを落としてやがてとまった。 「つきましたよ」 「だからどこへ」 不機嫌にそう言い返してやりながらも、私はなんとなく察しがついていた。 どこをどうみても公園だ。 「高速でお金払ってまで散歩しにくる場所じゃないだろうに」 昼食のときもそうだったが、茅ヶ崎は私にお金をはらわせてはくれなかった。 そのことを含めて少しばかり恨みがましく言ってやったのに、茅ヶ崎はただ笑うのみだった。 「結構価値はあると思いますよ」 羽丘さんこういうの好きそうだしと何気なしに呟かれても、私はまだ憮然としていた。 散歩は好きだ。公園や川沿いを歩くのだって悪くない。 だけどお金をかけてまで遠出をした意味がさっぱりわからなかった。 「とりあえず降りましょう」 茅ヶ崎は、せくように自分のシートベルトを解き放ちつつそう言った。 「だけど」 「羽丘さん」 尚もグダグダと続けようとした私に対する茅ヶ崎の対応は、見事としか言いようのないほど迅速だった。 いまだ締めたままであったシートベルトの根元を接合部を右手で押さえ、私の体を覆うような体制のまま左手で顎をしっかりと持ち上げられた。 「降りますか?降りませんか?」 「―――っっ」 私が必死に一も二も無く頷く様を、サタンを宿した意地悪な瞳を満足げに細めつつ眺めていたのは言うまでもない。 悔しい。 休憩にと敷地内の喫茶店で紅茶を飲みながらのことだった。 「どうでしたか?」と訳知り顔で聞いてくる茅ヶ崎を相手に私はいつも以上に愚かな所業をみせつけている。 わかっていて、それでも私にあえて言わせようとするあたりが茅ヶ崎たる由縁だが、それでもやっぱり腹立たしい。 どうでしたかだと? ええもう、そりゃあ。童心に返ったかのようなテンションの高さでもって楽しんだが悪いのか! 心の中ではそういえるのに、こいつ相手にいえない自分はやっぱり小心者かもしれない。 悪魔の片鱗がみえない事だけを確認して、私はつっけんどんな声音を装った。 「ぜんぜ」 「全然楽しくないというわりには、ものすごく嬉々として動き回ってましたよね。いろんな展示品相手に色々興奮したりして」 「う…っ」 先回りとは、茅ヶ崎もなかなか小癪なことをする。 自分も大人気ないと思うが、わざわざそんな風に言う茅ヶ崎も充分大人気ないと思う。 そう。確かに茅ヶ崎の言うとおり、私は思い切り食後の”散歩”とやらを満喫していた。 それもそのはず、奴がつれてきたのは数年前にできたばかりだという博物館で。 都市の喧騒をさけるかのように、緑の小道に囲まれた素敵な場所だった。 どこから見ても公園だと思ったのも、あながち間違いではないわけだ。 どこで知識を仕入れたかは知らないけれど、遊園地よりも昔からこういった類が大好きな私としては、喜びや興味を隠す事などほぼ不可能だった。 一つ一つじっくりと見遣り、付属の売店ではちゃっかり資料集やお土産まで買ってしまっていた。 「本当に好きなんですね、ああいうの」 「わ、悪い?」 「いえ全然?むしろ大歓迎。羽丘さんの可愛いところも見れたし?」 「〜〜〜〜っ」 確実に揶揄を含んだその言葉に、私は柄にもなく赤面しつつも睨みつけてやった。 それでも茅ヶ崎は楽しそうに笑い、あまつさえ優しい眼差しでこちらを見下ろしてくるものだからたまらない。 慌てて俯いたまま、私はほんの十数分前の自らの所業を心からのろった。 そういった物に弱い私は興奮して、古の物達の魅力に酔わされてうっかりしていたとしか言いようがない。 展示物一つ一つが興味深く楽しくて、もしかしたら私は子供のようになっていたのかもしれない。 興味津々で次の順路先に視線だけやれば、そこには見た事もない掛け軸が対で並んでいて。 本当にそれはとても興味深いものだったんだ。今まで足繁く博物館を回ったものだけれども、それでもあの掛け軸は珍しいものだったから、私はひどく興奮してしまった。 後から思えば、きっとこの興奮を誰かに伝えたかったのかもしれない。 『茅ヶ崎見てあれ…、……っ!』 故意ではなかった。本当にそれだけは言える。 正常状態ではなかった私は自ら茅ヶ崎の腕に手を伸ばし、さらには軽く強請るように引っ張ってしまっていた。 それもまた満面の笑みで。 あの時の驚いた茅ヶ崎の顔が今でも頭の真ん中にこびりついて離れない。 自分がしでかしてしまった事がたまらなく恥かしくて、今すぐに記憶の闇へと放り投げたかった。 「わす」 「忘れませんからね?」 ことごとく、言葉尻をとられて唖然とする。 何か?おまえはエスパーか!? 空恐ろしいやつだとばかりにエスプレッソ相手に寛ぐ茅ヶ崎を畏怖の視線を送る。 「っとに羽丘さんはおもしろいなぁ」 「おまえの目は節穴か?それとも腐ってるのか!?」 「そんな事いうところも可愛いって、なんでわからないんですかね」 「っ、気障な奴のいうことなんて信用しない」 こちらは一杯一杯だというのに、茅ヶ崎はどうしてそこまでリラックスしているのか甚だ疑問だ。 いつもの意地悪な笑み。 だけどやっぱり、昨日までとはどこか違う気もする。 会話のありかたも、気の使い方も、印象までも。 なにもかもが今日の数時間で、少しずつであるが変わってきている気がしてならないから、私は逸らせない視線の合間でに葛藤する。 (やばい) 不安がポツポツと降り始めの雨のように、弱弱しく、されど確実に胸底をぬらし始めている。 (これ以上親しくなったら、私は彼を信じてしまう) 彼の人となりをわかるということは、彼の思いまでをも受け入れるという道へ繋がりそうで怖いから。 「――」 先の見えない怖さを振り切るように、私は紅茶を飲むことに集中した。 ごろごろと一日を過ごすはずだったのに起こった土曜日の悲劇。 それが実は、ほんの少しだけ楽しかっただなんて事は、絶対に茅ヶ崎には秘密にしなければらならいと思った。
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