真面目に生きてて何が悪い!


それは本当に、心からでた言葉で。偽りも妥協も存在しえない純粋な提案だった。
笑みさえ浮かべていったのだが、肝心の相手の反応がいまいちで。
再度浮かび上がった不安を振り払うように、唯は遠慮がちに相手の名を呼んだ。
「――三津谷君?」
唯の呼びかけに、三津谷ははっとした顔をして、それからゆっくりと目を瞬かせた。
心なしか態度もどこかぎこちない。訝しくおもってそれを尋ねようとすれば、 気配を察してか三津谷のほうからアクションを起こした。
「俺もそのほうが助かる」
早口のその言葉に微かに疑問をもったが口にするより前に飛散した。
機械的なチャイムの大きな音が保健室内に響き渡ったからだ。
「あの、そういえば今何時間目ですか?私時計もってなくて」
始業の知らせか終業のそれかも唯には全くわからなかった。
保健室は教室がある棟から渡り廊下で繋がった場所にある。それゆえいつでもこの場所は閑静で 、時折聞こえるのはすぐ傍にある運動場からのものであるが、それすらもほんの少ししか 聞こえない。
自分は一体何時間授業に出なかったのかと、唯は急に不安になった。
「え、俺がここきたのがニ時間目だから」
三津谷言葉を先回りして唯は計算する。恐らく今のは二時間目の終業のベルだ。
(次の授業が国語で、その次が体育だったはず)
さっと頭の中で計算してから、唯は自分の体調を改めてチェックした。確認するまでも無いほどに 体の調子は戻ってきている。現金な話、彼女の発熱の原因はつい先ほどそのほとんどが 片付いたのだからそれも道理であろう。唯は上岡に向かって声をかけた。
「先生、私次の授業から出ます」
「え、でも大丈夫か?」
上岡はなにも言わずに片眉をあげる。ただし口を開いたのは固まっていた三津谷だった。
純粋な言葉に、思案気に下がる眉。その瞳からは 本気でこちらを心配してくれているのだろうというのがわかり、唯は微笑んだ。
「大丈夫よ。さすがに体育は見学しようと思うけれど」
体育といっても今回はたしか器械体操だ。室内の競技であるし、そこまでハードな運動量には ならないはずだが、大事をとったほうがいいだろうと勝手に判断したのだが。
(やっぱりそれももう出たほうがいいのかしら…?)
それぞれの表情を浮かべる男二人をみていると、どうしても不安になる。
三津谷は呆気にとられたような表情のまま動かないし、上岡は気難しそうにデスクに片手を ついている。
数秒の沈黙の末に口を開いたのはため息をついた上岡だった。だがそれも、唯に対する よびかけではなかった。
「三津谷、お前等のクラス四時間目はなんだ」
「――体育。でも女子が何するかまではしらねえ」
二人の会話を前に唯は居心地悪く視線をさまよわせた。無理も無い、保健医はともかく 三津谷までもが話し方向ではなく唯のほうをみているからだ。
上岡にいたってはじっくりと、いつもの静かな眼差しでもって唯の心の底まで見透かしている かのように、具に唯の所作を観察しているようだった。
「あ、あの…」
「許可できない。最低あと一時間はここで寝てそれから今日はもう帰れ」
「そっ」
そこまで体調は悪くないです!と叫ぼうとした唯を止めたのは、意外なことに三津谷だった。 程よい距離をおいて真横にたっていた彼は、静かに薙沢と呼んで唯の注意をひきつけると 苦笑とともに口を開いた。
「早退は俺なんともいえないけど、次の時間はやめとけって。なんか薙沢勘違いしてるみたいだけ ど、さっきのって三時間目終了のだから次は体育だし」
文句を言おうと口を開いた唯は、三津谷の最後の言葉に用意していた台詞を放棄した。
「えっ、嘘…」
「嘘なんてつくかよ。あと数分もすりゃ四時間目開始だ」
「後三分だな、三津谷お前は参加しろよ」
しっかりと釘を刺した上岡に三津谷は渋い顔をして頷いた。そういえば三津谷はどうして 保健室に来たのだろう。朝練にもしっかり参加していたはずだがそのあと何かあったのだろうか。
首をかしげつつそんなことを推察していた唯は、上岡の何気ない言葉に我にかえった。
「授業後十分以内はかろうじて欠席にならん、さっさと着替えて行って来い」
「――へーい」
「あ、待って三津谷君」
しぶしぶと保健室から出て行こうとした三津谷に思わず声をかけてしまった。 三津谷が驚いた顔でこちらを見遣るを見て、唯は内心困りながらも口を開いた。呼び止めたのは 自分だし、はやくしないと本当に授業が始まってしまう。
「私も行くわ」
「はぁ?」
大きく戸惑いを表した三津谷に続き怖いくらいの無表情で上岡は即答した。
「だめだ」
おまえは何を考えているんだという視線に唯は再度身じろぎした。ただでさえ上岡は手ごわいと いうのに今に限り三津谷まで揃っている。そのやり辛さにいつもより萎縮しつつも 唯は慌てて弁明に入った。彼女にとってはそれは弁明ではなく当然の結論なのだが、 いかんせん彼等の訝しげな眼差しを前にしては言い訳のようになってしまう。 理不尽を感じつつも、それでも唯は時間を気にして口を開いた。
「だって見学でも授業に出席していたら欠席扱いにはならないもの」
教諭の指示通りの補助をしレポートを出せば完全な欠席にはならない。それは 入学はじめの体育の授業で説明がされ、この学校の生徒なら誰もが知っていることである。 当然のこと、唯もそれを知っていたしかつて利用したことも何度かあった。
「だから、それなら見学していたほうが」
欠席扱いにはならないから、という言葉が思いのほかか細くなってしまったのは 男二人がまたも唯をじぃとみやってきたからだ。
上岡と三津谷は互いに視線を交わしたと思えば、やおら盛大なため息をついた。
「何なんですか」
自分だけ状況を掴めないというのは苦手だった。少しだけ険のある口調で問うた唯に反応する かのように、上岡のしかめ面はより一層険しくなる。唯と視線を外すことなく、 鉄の無表情でもって上岡は短く言い捨てた。
「くそ真面目が」
「なっ」
いつものことながらあまりのいい様に絶句する唯に、留めの一言とばかりに三津谷が苦笑した。
「真面目だよなあ、ほんと」
「三津谷君まで!」
別に褒めて欲しかったわけでもなんでもないが、自分ができる範囲内で授業に出ようとする 態度をまるで悪いかのようにいわれれば面白くない。顔色が曇り不満げに息をつく 唯は近くから聞こえる忍び笑いに顔を上げた。三津谷がくつくつと喉を鳴らして笑っている。 気に入らないとばかりに眉根を寄せれば、何故か相手の笑みは深くなった。
「あー…。なんか俺、今のでだいたい薙沢のことわかった気がする」
「え?」
要領を得ずに無意識に聞き返した唯に、三津谷は小さく笑った。その表情になぜか 戸惑う。気さくともいえる三津谷の表情の中で、彼の瞳だけが真剣にみえた。
「そんな俺から提案なんだけど」
「……なあに?」
多少身構えて聞いた唯は、自分の対応が正しかった事を知る。
「もう一回、俺と一緒にクラス委員やらないか」
三津谷の声が四時間目開始のベルを圧倒的な存在でかき消した。

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 (2007年9月26日)

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