高らかに笑え!
3."彼女"の認識


和江に連れてこられた居酒屋は、北新地のど真ん中にある。 にぎやかな場所で、雰囲気もお値段もなかなか好印象だ。
第一陣の注文が出揃った時、ひたすら喋り倒していた和江がふと口を閉ざし 湊にむけて嬉しそうに笑った。
「今日はほんまありがとうな。湊のおかげでめっちゃ楽しかったわ」
「なんでな。うちただついてっただけやのに大袈裟やし」
苦笑しながらグラスを煽る。キンキンに冷やされた生ビールが喉に流れ込む気持ちよさに 思わず笑みがこぼれた。そのままの機嫌で向かいにすわる友人をみやれば、あちらも 相好を崩してチューハイを口に含んでいるところだった。
「そうはいうてもな、湊。自分も知ってると思うけど、チケットあまってしもて ホンマに困ってたんやもん」
無駄にならんでよかったわあと大袈裟に肩を落としながら、和江は枝豆の小皿に手を伸ばす。
湊側にあったそれを無言で相手に渡してやると可愛らしい声でおおきにと笑った。
「それにしても、めっちゃおもろかったぁ!4時間なんてあっちゅうまやったわ」
「まあ、確かに和江の言ったとおりやったな」
「何が?」
すっかり忘れていた様子の和江に注意を促すように、湊はトントンと指先で机をはじいた。
「東西も若手大御所入り混じり―やったっけ?」
「あー!言うた言うた!チケットにもそう書いてあったけど、まんまやったやんな」
もっと名前ひねってもよかったのになと屈託もなく笑う友に釣られて笑う。高い笑い声が重なって 少々騒がしいが、 比較的賑わった場所ゆえ声を出す事に 気兼ねがない。その上廊下に面した一メートル程の入り口を除いて 囲いのようになっているため、ほぼ個室状態だ。本当に気楽だった。
「それにしても湊も結構笑ってたやん」
「別に全然おもろないってわけやなかったし。あまりピンとこうへんかったんもあったけどな、 やっぱり」
むしろ笑えなかったものも結構あったのだが、一銭も払っていない身の上ゆえあえて濁した。
面白くないわけではないと思う。テレビでも見かけるレベルの芸人もそこそこ揃っていたし、 ネタも使い古しではなく新作が多かった。実際、観客の多くは笑いっぱなしで、 お笑いのイベントとしては上出来だったろう。
ただただ残念なのは、笑う笑わないの 最終評価は相手の問題ではななく湊の問題だというだけだ。
自分が笑わなかったからといって、そのお笑いコンビが面白くないのだと一概にいってしまうのは あまりにも何様だと思うのは、自分がお笑いが好きだからか。 人が食に関してそれぞれの嗜好があるように、笑いにだって好みがある。今回は湊の笑いの好み ど真ん中ストライクがなかっただけで、それは相手の問題ではない。
(面白いなぁとかはあるけど、声に出して笑うまでにはいかんというか)
どちらにせよ、相手にも自分にも非がない話である。嬉々として感想を話し続ける和江の 話に耳を傾けながら、湊はおおむね聞き役に徹していた。
「でも、知らん間にうまなってるコンビもあったよなあ」
「え、例えば?」
不意に言い出した和江の言葉に、賛同するよりも先に思い浮かばなかった。最近新しい 気に入りのコンビを発掘する事を怠っていた故、若手やさっぱりわからない。中堅も7割がたわかるが あとは顔か名前のどちらかがいえないでいる。
眉を寄せた湊に意を解した様子もなく、和江はチューハイ一杯めにして頬を上気させて ふにゃりと笑った。
「ほらー。パワーズとか、急なるとか?」
「……あー、あれか」
和江があげたコンビはどちらも聴いたことがあるコンビで、湊も数秒の時間しか要さずに思い出せ る。なるほど言われて見れば、確かに前よりもテンポがあっておもしろかった。
「確かにな、あれは笑ったわ」
「やろ?んー、あとはなあ」
えーっと名前なんやったっけと大げさに首を傾げる友人は、すでに酔いの前兆が始まっている。
湊自身も常よりピッチが早い方だが、和江ほどではない。これは早い事家に帰すべきだと 判断しつつ苦笑を浮かべた矢先、彼女が「あぁ!」と一人合点の声を上げた。
「fラッシュ!あれも結構腕上げたんとちゃうか」
「――fラッシュ?」
ちょっと待って、誰だそれは。恐らくそんな顔をしたのだろう、和江はへらへらと笑って手を振った。
「いややなぁ、湊。さっき漫才で出とったやんか」
「だからどれよ。漫才ってほとんどの人が該当するやないの」
呆れた口調でそういえば、和江はだから!と語気を強めた。
「東京からの芸人、きとったやろ?」
「関東入り乱れってさっきいってたばっかやったやんな?」
「うぇ?あぁ、そやったそやった」
酔っ払いめ。まるで話にならない状況にため息をつく自分だって、きっと酔っ払っているの だろう。
「ほら、この顔この顔」
ひょっこり聞こえたそんな声に普通に顔を上げた。ブースの入り口から顔をのぞかせた男に見覚え はない。
ようやっと作動し始めた湊の警戒心をバズーカ砲なみの勢いで粉砕したのは、酔っ払い女の一声 だった。

「あー、湊このひとやってぇ。fラッシュ」





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 (2007年5月31日)

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