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Dear Your Majesty 13. 「あ、あの、クレーラさん」 緊張で必要以上に力が入った声は、奇妙に高く震えていた。 きっと表情もさぞや酷いものなのだろう。着替えの手伝いをしてくれていたクレーラの手が止まった のが、鏡越しに見て取れた。 「どうしたの、なんかいつもの発作ってわけでもなさそうだし」 クレーラのいう発作とは、この城から抜け出して家に帰りたいとわめき散らす時のエルファを 言い表す。からかいとは違う真剣な推測に、自然と脱力したら上手い具合に元に戻った。 クレーラの目論むところだったのかもしれないが、素直に感謝する事にして 言葉を選び選び口を開いた。 「昨日陛下と会われましたか?」 一昨日の夕方、叔父の計らいのもとライナスがエルファを訪ねてきた。たった数分の出来事だったが 、その来訪時に疲労の濃い顔をしていたのが今も気にかかっていた。 また訪れるといってくれてはいたが、あの自信過剰そうな王自身の口から漏れた”激務” というところは、きっと凡庸な人間のさす激務とはまた違ったスケールのものに違いない。 だから無理して訪れてくれなくてもいいとは思うが、おせっかいにも疲労の回復の程が知りたかった 。 ルータスに聞くのが最も適切なのだろうが、なんとなく聞きづらい。聞こうものならしたり顔で ニヤニヤと笑われそうな気がして、それはエルファにとって想像するだけで困りモノだ。 その点クレーラなら、絶対にそんな行動をとらない。ただ単純に身を案じているだけとわかって くれるだろう。そんな事を考えながら期待を込めて先輩メイドに目をやると、とうのクレーラは ブラシを片手にがっくりと大きく項垂れていたから驚いた。 「―――あのねエルファ」 憔悴しきったというよりも、本当に対処に困った声でクレーラは小さく唸る。なぜだか急に 居た堪れなくなって、エルファは微かに朱で染めた顔で申し訳なさそうに首をすくめた。 「私はね、こんなに態度でかいけどさ。所謂一介のメイドってやつなの。一方奴さん は腐っても国王、この城の主よ。さて、エルファ? 王にメイドが堂々と会ってましてや話せると思う?」 「それは―」 可能性として考えていたが、そこまで重くみてなかった。 言葉に詰まったエルファの顔をまじまじと見つめてから、クレーラは大きく眉を寄せた。 もう完全に朝の身支度の流れは止まってしまっている。 (でも、あの時ものすごく普通に会話していたし) それに、どうにも旧知の仲のように見えた。 ライナスははっきりとクレーラの名を呼んでいたように思う。それこそ一国の王が 一介のメイドの名をいちいち覚えているとは考えがたい。 城の規模からいっても主たる権威の証として、広大でいるのだ。雇われている人間数だって半端では ないはずだ。 そうした考えを巡らしていたエルファの事などお見通しのように、クレーラが「何を考えてるか 大体想像つくけどさ」と呆れた顔で言葉を続けた。 「確かに雇われ口として考えればここは大きいけど、 そうむやみやたらに雇ってもらえるってわけじゃあないのよ? まあそんな主要国でもないけど、それでも裕福な国だし、うち。 情報の漏洩や不穏な事物の介入を防ぐためにも、それなりに雇用にも目を光らせてるって。 だから大概どの分野の仕事でも、きちんと身元を証明できる 人の筋で入ってくるわけよ」 あなただってそうだったでしょう?といわれて思い出す。確かに叔父のルータスは城ですでに何年も 働き、それなりの地位を得ているようだから、エルファのの身元は明るい。 納得したエルファを確認するかのように、クレーラは次の言葉を続ける。 いつの間にか身支度の仕事も再開していた。 「もちろん陛下がどんだけ頭良かったとしても召使全員の顔と名前が一致する事は難しいわ。 それは執務上だってそうよね。臣下の下っ端のそのまた下っ端まで把握している人なんて早々いない。 けど、腹心やその部下は別。私の場合もそんなようなものよ」 メイド長の傍でけっこうちょこまかと仕事してたから、私。 あっさりと付け足されたその言葉の内容は、エルファにとって酷く納得できるものだった。 酒屋の接客と城での召使業はその色がだいぶ違うが、それでもエルファはその人の動きを見れば 相手の程を簡単に読み取れる。クレーラはまだまだヒヨッコなどと嘯いていたが、充分に どこに出しても恥かしくないレベルである事は誰の目から見ても明らかだった。それはこの場に つれてこられてからずっと補助でいてくれているクレーラを見ていたからこそ、心から実感できる。 「メイド長は陛下が幼い頃より召使としてはかなりの中枢部にいたお方だからね。 陛下の覚えめでたいのよ。その方の傍にいる人間もそれなりにチェック入れてるから、私の名前 も覚えてるってわけ」 わかった?と聞いてくる彼女相手に、エルファはまだ全てを納得したわけではなかったが とりあえず小さく頷いて見せた。 「それにね、エルファ。私は昨日もほぼ一日この部屋にいたでしょうに、あなたと一緒に」 確かにその通りで、そこで初めて彼女が陛下と会って話す云々より以前の問題であるという事に 気付き、エルファは真っ赤になって恥じた。 「あ、あの私…」 しどろもどろになるエルファを無言で見下ろす賢しい眼差しが怖い。俯きがちになる顔を上げるように 言われておずおずと従えば、仁王立ちよろしくブラシを片手に腕を組んだ先輩メイドが腹に一物 ありそうな笑みで彼女を出迎えた。 「で?パニックで一人袋小路に迷い込みやすいエルファ"様"?あれだけ避けてたのに、なんで今日に 限ってそんな事聞いてくるんですかね?私めに教えてくださいます?」 ルータスとはまた違う種類のからかい方に、エルファは墓穴を掘った事を悟りため息をついた。 吐き出す息と一緒に、頬を染めた熱までも体外に消えてしまわないだろうかと半ば本気で願いながら 。 「あれよね?昨日も一日中そわそわしていたから、一昨日あたりが原因よね?」 いちいち確かめるようにいうクレーラは、きれいに伸びた眉を楽しげに上げて見せた。 確実にエルファの挙動不審の原因をわかったうえでの質問だ。質問の内容がいちいち誘導尋問じみて いることまではわかるのに、最終的に彼女の視線と微笑みに負けて口を開きかけている自分の性格に ほとほと嫌気がさす。されども飛び出した言葉というものは、いまさら消去できるわけがなかった。 「一昨日、陛下がいらっしゃった時に顔色が悪かったものだから、その。気になったんです」 「――――顔色が?」 いぶかしげなクレーラの声に小さく頷いて、エルファは一昨日の訪問を思い出す。 暖色である茜の光の中でもそのやつれ具合は目に付いた。 あの後本当に彼が体を休めに床に着いたのかは知らない。本人の自由だし、何より自分がここまで 心配する必要がないほどに相手は気丈だ。けれどもあの時見せた、妙に素直な会話の受け答えや表情 がエルファを尚更不安にさせた。 「ご自分でも激務といってらしたから、完全回復は無理なのかもしれないけど。 少しくらいは体休めないと元も子もないじゃないですか。だから、大丈夫かなあと」 自分でも上手くない言葉運びだと理解していた。だけれどもどうしても、ライナスに関する事は 最初から自分の落ち着いたペースで動けない。 もどかしさから唇を噛むと、そんなエルファに気を使うようにクレーラが軽く彼女の背をさすった。 「じゃあさエルファ」 「はい」 何気なしに再開されている髪梳きに目を細めて甘受していたエルファは、あっさりと言われた言葉に 驚いて目を見開いた。 「会いに行ってみる?陛下に」 |