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Dear Your Majesty 18. 「ねえ、クレーラさん。お願いがあるんですけど」 意を決して、エルファは椅子から立ち上がった。 もうすっかり見慣れてしまった広すぎる部屋。 そのの端のほうで用事を済ませていたクレーラが、 何事かとこちらをみやる。その顔がどこか微笑ましげに変わるのをみて、エルファは気まずさを 覚えた。どちらにせよ、ここ最近のクレーラはエルファを見るたびにそういう顔をするからたまら ない。最近というのはつまり 数日前はじめてこの部屋を出たとき以来のことで、事あるごとにからかわれ ている。やはり今回もそのつもりなのだろう。嬉々とした表情で、クレーラがこちらへと近づいてきた 。 「なになに、誓いの間に行くのなら、私は留守番してるからね」 「だから違いますよもう。何度言ったらやめてくれるんですか、それ」 ため息をついて反論してみるも、強くいえない。そんなエルファを見遣りながら、クレーラは ニヤニヤと笑った。 「でもあれからもう何度も通ってるじゃないの」 その言葉に気圧されるように、エルファは弱弱しく口を閉ざした。 あれからというもの、日に何度かエルファはあの部屋に通っていた。いや、通わされているといった 方が正しいのかもしれない。どらにせよ、彼女の意志で常に かの部屋に訪れているわけではなかった、勿論その中のいくらかはエルファの考えも あっての行動だが、それも読まれた上での来室催促のようなような気がして、エルファとしては どうしてもずるいと思ってしまう。 (まあでも、収穫があるから) "夫"との呼び出しと会話で得た知識は何の情報も持たないエルファからすれば 、計り知れない価値がある。とりあえず一番に知った事は、彼女が連れて行かれた場所の事だった。 「あの部屋って執務の際の休憩室なんですよね? それなのにどうして誓いの間なんですか?」 そう、誓いの間などという通称とは程遠い実際の使用目的だが、執務室と扉続きになっている 理由にむしろ納得したほどだった。 「んー?聞いてないの?」 意外そうに聞かれても本当に知らないのだからしょうがない。軽く躊躇ったエルファの様子に クレーラはひどく納得した調子で呟いた。 「まあ、いずれわかるって」 「はあ」 先ほどとはうってかわったからかいの無さに、逆に身構えるほどにはエルファはクレーラに慣れて きていいる。そんな彼女に先輩メイドは小さな苦笑を漏らした。 「で?お願いってこのことかい?」 「あ、あの違います」 いくらかためらった後、エルファはまさにおずおずといったていで口を開いた。 「実は、その。教えていただきたいんです」 「何を」 尤もなクレーラの言葉に、エルファは今度はしっかりと背を伸ばしてクレーラを見据えた。 「クレーラさん。私に城仕えとしての作法を教えてもらえませんか」 「え」 実は閉じ込められて数日立った辺りから、漠然と考えていた事だった。 クレーラの城仕えのメイドとしての手腕はさすがメイド長の側近といえるほどに 一級品である。 給仕なんてお手の物で、その他に至る機転の良さ等々父母のサービス業を手伝ってきた エルファだからこそわかる点でもクレーラの能力の高さは凄まじい。 将来父母の酒場に帰ったときに役立つのではないかと思っていたのだが、なかなか言い出せずに 数日が過ぎてしまっていた。 勿論、ここ数日は度重なる"呼び出し"にてんやわんやでそれどころではなかったのもあるのだが。 エルファは緊張の面持ちでクレーラの反応を窺った。先ほどのからかいの色が一切抜けた彼女は 初日に見たような有能な先輩メイドそのもので、エルファは自分の気を引き締めた。 「本気?」 「本気です」 即答して返したエルファの真意を読み取るかのような、数拍の沈黙が二人の間に沈む。 それもえてして続かず、羽音のようなクレーラの小さなため息で場は通常の静寂を取り戻した。 「いきなりどうしたの」 「いきなりじゃないです!実はずっと前から考えてました」 彼女の立ち居振る舞いはエルファの理想の接客術である。両親の酒場では あきらかに浮いてしまうやり方だが、それでも応用の仕方などいくらでもある 。それを教えてもらえるのなら どれだけ幸せな事だろうかと思ったのだが。実際の理由はそれだけではない。 性格のことはおいておいても、この城に来る前の彼女の一日というものは比較的せわしないものだった。 スケジュールの大半は両親の手伝いだが、彼女とて彼女なりのつきあいがある。 一日二日を長閑に過ごすことはあっても、数週間も同じ部屋に閉じこもる事などこれまでの人生で 無かったと思う。 どうせ自由に歩け回れないのなら、恐ろしくも長いこの時間を少しでも有効に使いたいと思うのは、 何もそう大層な我侭ではないはずだった。 つっかえずに久しぶりに自分らしくそう説いたエルファに返ってきたのは、困りきった顔をした クレーラの唸り声。やはりダメなのだろうかと不安に思い始めた頃、一際大きな 唸り声をあげたクレーラがエルファの名を呼ぶ。両手を腰に当ててこちらを見据える姿のまま こちらを見据えるクレーラの表情から幾ばくかの慎重さを見て取れた。 「気持ちはね、すっごく嬉しいし同時にすっごくよくわかるんだわ」 同情さえも篭った眼差しでクレーラはエルファの肩を慰めるようにさすった。 「でも私がここではいそうですかって教えるわけにはいかないのよね」 「―――はい」 クレーラの言葉を、エルファは落胆と共に聞き入った。 幽閉と差し支えないこの扱いの中、少しでも気晴らしになればと大いに期待していたから仕方 ないのだが、従わざるを得ないだろう。 目に見えて気勢を削がれたエルファをクレーラは軽く抱きしめてから、そうねえと呟く。 幼い頃母親にされたようなハグに身を任せていたエルファは彼女の言葉にそろそろと 顔を上げる。 思案気なクレーラの瞳はエルファを見てはいなかったが、その唇がもういちど同じ呟きをなぞった。 「―あるっちゃあるかも」 「はい?」 意味こそよみとれないが、クレーラの言葉と先ほどまでの考えを結びつけて、不謹慎にもふつふつと 期待を抱く。そんなエルファを苦笑と共に見据えながら、クレーラはポンポンとエルファの頭を なでた。 「エルファの要望を全て答えることはできないけど、少しだけなら教える事ができるかもしれない」 「ほんとですか!?」 喜びに声を上げたエルファに、クレーラは仕方ないねといわんばかりに息を吐いた。ついでとばかり にもう一度頭を撫でられ、エルファは目を細めてそれを受け入れる。 奇妙ともいえる和やかな雰囲気が一時的に場を満たした。時にクレーラはこうして エルファを甘やかす。きっと彼女のほうが立場的にも年齢的にも上だということもある のだろうが、彼女との戯れは叔父の来訪とはまた別にエルファのぎりぎりだった精神を 傍で支えてくれていた。大分安定した今だって、こうしてエルファと絶妙な距離を保って 接してくれる。 心の奥底が暖かくなるような感覚はエルファが家族と共に過ごしていたついこの間のときのようで、 それがどうしようもなく嬉しかった。 「クレーラさんって、本当にいい人ですよね」 こぼれ出た笑みととも溢れた言葉は心からのもので。それを察するかのようにクレーラの顔が和らぐ。 「あら、そう?ありがとね」 片眉を器用にあげてから笑う彼女の表情を記憶に収めながら、エルファも笑う。 幸せな気持ちに満たされた少女は気付かなかった。微かながらもクレーラの唇がニヤリとその口角 をあげた事を。 |