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Dear Your Majesty 3. (冗談じゃない…?) 冗談ではないのなら、なんだというのだ。 ぎこちなく瞬きを繰り返しつつも、大人しくクレーラの次の句を待った。 耳をふさぎたい気持ちよりも、なぜこんなことになっているかのを知りたかった。 「 「え…?」 先王が没した二年前。あまりにも早い即位を果たしたのは、先王長子で第二継承者の 。 第一継承者の先王の弟と、第三継承者である現王の弟が連盟で第二継承者へ即位を促したのは 有名な話で、エルファもとてもよく覚えていた。 (即位の時が、確か18だった) 「えっと、20…歳?」 「正解。じゃあ、あの方の性格は?」 「性格?」 なんだったろうか。国王になってからの英譚は国内外に問わず流れていて、そこからは国を治める にふさわしい人ということくらいしか、一国民のエルファにはわからない。 素直に首を横に振れば、ドレスの裾を直していたクレーラがおおげさなほどにため息をついた。 「そうか、そうよね。普通はそこまで知らなくて当然よ。でもね、あなたは知らなきゃいけない」 「あの…?」 正直なところ、彼女が何を話したのいかエルファにさっぱりわからない。 そんな戸惑いに対して、クレーラは笑っただけだった。 「つまりね。その国王様が今回の件の主犯格。新入りメイドであるあなたを夜中この部屋へ 移動させたのも、このドレスをあなたのために用意したのも。全て、あの方の判断と命令よ」 メイド内だけでの、微笑ましい新入り歓迎のそれではなくて。 国王が『主犯格』となす、なにかもっと重大なものに、自分は巻き込まれているということなのか。 マイナスな気をひしひしと感じるその言葉と、その言葉が指し示す相手の地位にエルファは戦慄した。 満面の笑みのメイド長。自分に対する『妃殿下』という呼び名と、身分不相応な対応。 嫌な汗がすうと背筋を這い落ちていく。 国王陛下が絡んでいるらしい何かに、どうして自分が巻き込まれている事の重大さが、エルファの心を 例えようも無く不安にさせた。 何が起ころうとしているのか、さっぱりわからなかった。 「こ、国王陛下が、私なんかにどうしてこんなことっ」 出てくる言葉が、不自然なくらいに悲痛に揺れている。それはまるで、 エルファの心内をあらわしているかのようだった。 「―それは、本人に聞いてごらん」 「そんな!そんなこと不可能ですよぉ」 本人。それはすなわち国王陛下。 どうやったら王城仕え一日目のメイドが謁見し、しかも言葉を交わす事ができるというのだろうか。 不可能にも程があると、 恐怖で涙交じりにしぼんだエルファの声に、クレーラは慌てた様子で 少女の顔を覗き込んだ。 「泣きたい気持ちもわかるんだけど…大丈夫?」 「―はい、なんとか。まだ頭の中はぐちゃぐちゃですけど」 泣いたって何も始まらない。呪文のように心の中で何度かそう言い聞かせる。 効果の程などわからないが、それでも今のエルファにはそれが必要だった。 現に少しだけ冷静を取り戻した頭は、事の次第をゆっくりと吟味し始めている。 (国王陛下にお目通りが叶わなくても、このままこの仕事をやめてしまえば一切関係 なくなるんじゃないかな) 叔父には悪いが、自分の心内がこんなにもざわつき得体の無い恐怖に安心を取り上げられた状況で どうやって働けるというのか。 (それ以前に、陛下の計画の駒というだけなら、他の子でもできるはずだし) 押し付けてしまう事になる名も知らぬ跡継ぎの子の心情を思ってため息をつけば、クレーラが優しく 話しかけてきてくれた。 「大丈夫?短期の仕事っていわれて来て、唯でさえ不安な初日で こんな展開はないわよねぇ、可愛そうに。説明くらいすんなりしてくれって思うのが当然よね」 エルファの髪をいじりながらの軽い口調で、決してしみじみと言われたわけではない。 だけれども、本当に自分のことを気遣ってくれているのだということは、混乱の中にいたエルファにで もわかった。 「お気遣い、…ありがとうございます」 暖かい声音に励まされるように、エルファは微笑んだ。 どういたしましてと言う代わりなのか、ポンポンと頭を撫でられる。 ひどく安心できる温度に身をゆだねながら、エルファはもう一度思考の海に飛び込んだ。 (とにかく。何をなさろうとしているのかだけでも、わかればいいのだけれども) クレーラは、あきらかに事の全貌を知っているようだった。 だけど、何が起こっているのかは国王陛下に聞けという。 ならば会ってやろうじゃないかと思えるほど、あいにくとエルファには並外れた度胸というものも 無ければ、打開策を考え抜く賢しさもない。 気弱な考えばかりが浮かんでくる。逃げ出したいとまで。 (まさか、国王陛下まで混じって新人のドッキリ歓迎とかじゃあ…) いくらなんでも、そんなことはないだろう。 まがりなりにも国王が、暇であって言い訳が無い。ただでさえここ数ヶ月はなにかと城内は忙しく していたということを、ルータス越しで知っているだけに、一瞬でもそういった考えに及んだ自分が 恥かしくなった。 それでもやはり、新米メイドにこのようなことをさせる意図が、エルファにはさっぱりわからなかった 。 (だいたい叔父さん。普通の、メイドとしての仕事って言ってたよね) 厄介ごとを持ち込んできた叔父なる男の顔を思い出す。 「部屋の掃除して、厨房手伝って、それから何するんだっけか?とにかく、家でしてるとことと おまえの場合そうもかわりゃしないから、大丈夫だって!」と、笑いながら肩を叩かれた 記憶を思い出して、思わず肩を落とした。 (叔父さんの嘘吐き!) いつもと同じなら、どうして自分はこんな状況もつかめない中で似合いもしないドレスを着せられて いるというのだろうか。 考えがまとまらずに、エルファは小さくうめき声をあげる。 自分の頭脳と与えられた少なすぎる情報では、考えるにも限界があった。 「あ、あの。クレーラさん」 「んー?」 「本当に、国王陛下に会わないとだめなんですか…?」 ふらふらの頭で浮かされるように、言葉を吐き出していた。 無意識に、全てを知ることに対してと尋ねる相手への逃げ出したいくらいの不安を 口に出してから。 クレーラを見やって、首をかしげる。 テキパキと、どこかマイペースな調子でアクセサリーの確認をしていた優秀なメイド様が、 真珠を連ねた首飾りらしきものを手に、固まってこちらを見ている。 「え、クレーラさ…」 「それは、会いたくないという事か?」 「―っっ!?」 突然肩口にかかった掌の感触と、耳元に響く低い声。 全く意識していなかった方向からの不意打ちに、エルファは文字通り飛び上がった。 |